陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
読書『ドリアン・グレイの肖像・終』

だらだらと読んでいました『ドリアン・グレイの肖像』ついに読み終わる。

最初は、画家とそのモデルである自分の美貌に自覚無い少年と、退廃的で毒舌、でも悪の魅力にあふれた貴族の青年織りなす、男三人組の桃色暗黒三角関係と、ダークネス・マイ・フェア・ボーイのお話……のところでしたが、美貌のドリアン・グレイが芝居小屋の女優の美少女に恋をし、その恋が、悲劇的結末に終わったところで、話は急転直下。


美少女は、ドリアンに現実の恋をしたのがきっかけで、芝居の中の虚構が薄っぺらく思われて、演じることが出来なくなるんですね。

そのせいで、ドリアンやその友人たちの前で、舞台で無様な演技をしてしまう。

ですが、女優の彼女を愛し『美が至上』のドリアンにとっては、それが許せない事でして。

そして、ドリアンの愛を失った美少女は自殺する。

 

ここからが、ドリアン転落人生の始まり。

悪魔のヘンリー卿の、甘ったるい慰めの毒によって、美少女への謝罪の言葉を、薄っぺらで装飾過多な現実逃避の言葉とすり替えます。

『彼女は彼の愛のために死んだのだ、そして彼にとって愛は常に神聖なものになった』


そこからが、一種の恐怖小説になるのです『ドリアン・グレイの肖像』

画家のバジルが、自分の最高傑作だとドリアンに贈った、タイトル通りの彼の自画像。

この自画像が、美少女自殺のあたりから徐々に醜く変貌していく……まるで彼の魂の汚れを、絵が引き受けていくかのように。

自堕落と罪を重ねて年を重ねるドリアン。


美少女が死んで18年後。

はずみで旧知の画家を殺し、その隠ぺいに友人を巻き込み、その友人は自責で自殺。

そんな彼は、いつまで経っても年をとらない美しい青年のまま。

しかし、描かれているのは静止した時であるはずの肖像画が、ドリアンの代わりに醜く変貌していく。


そして、ラスト。

まあ、お約束ですね。ドリアンは自分の罪の象徴である自画像を、葬ろうとしまして……あらら。


醜く変化する自画像の描写、それを見せつけられるドリアンの苦悩と恐怖、その上に重ねる装飾過多で退廃的な自己弁護の言葉が、実に芸術的。


美少女を自殺に追い込んだことを責める画家のバジル。

対するドリアンの言い分。

『起ったことは起こったことだ。過去は過去なんだ』

昨日を過去と言うのか? 反省は? 謝罪は? と詰め寄られて、言い捨てるドリアン。

『実際にどれだけの時間が経ったなんか、関係ない。一つの感情を拭い去るのに一年もかかるのは浅はかな人間だけど。自分を熟知している人間は、喜びを創造するのと同じくらいに簡単に悲しみを終わらせることが出来るんだ。僕は感情の言いなりになりたくない、感情を利用し、楽しみ、支配したいんだ』


いいねえ、会社で使ってみたいなあ、この己の失敗の長い長い言い訳。

……で、どんな失敗の時に?

殺されるぞ。









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好きな事が無くなる怖さ

「文章の書き方忘れた」

軽く書きましたが、パソコンの前でそれに気がついた時は、怖かったですよ、ハイ。


好きな事があるって、幸せです……というと安っぽく聞こえるので、あえて使いませんが、あったら便利なことは間違いない。

だって、コレやってりゃ気が紛れるし、時間も潰せるし、面白いし、何かを調べたり聞いたりと、楽しみすえひろがり。

趣味の中で、一番金がかからない種類のものですよ。

基本、道具は筆記用具さえあればいいしさ。


好きな食べ物を食べ飽きたとか、恋人に飽きたとか、そう言うの『好きだったけどそうでもなくなった』とは違って、これが無くなるというのは、自分の武器というか、自分を構成する部品の一つがイカレたような気がしまして、その喪失感はかなりヤバい。


物凄い壁にぶち当たって、挫折感や失望と共に嫌いになるならまあ、諦めもつくけど、これは壊れたではなく「すっと消え失せた」

しかも突然、前兆もなく。


ヤダなあ、これって物凄い損失ですよ。


大体、損するってことが一番嫌いなのにさ。




大人の会話

塾生のǸ野さんに、ロフトプラスワンのイベントに誘って頂きまして。

ああ、うれしって感じです。いそいそ出かける私。

ですけど、イベントはもちろん、色々話がしたかったのよ。

飲んで食べて、大人の会話、炸裂。


ああっここに書けないわ! というくらい濃い会話。


ですけど、本当に人と会って会話するって大事ね。

前回は、話をすることによって、考えを思考を形にして吐き出すことが出来る、一種の浄化作用としたのですが、今回は頭の中の微調整と今後の考え方や道標の確認。


あ、やっぱりね、そうなのね、おおっ成程という感じです。

特に大人同士の会話って、立場や見る角度は違えど、高さは同じですから、自分の立ち位置の確認や『あそこにアレが見えるぞ』などと、指さして教えてもらえるなど、色々教えてもらえるし。


やっぱり布団から出て正解やなと思う、今日この頃。




駄文更新・台風

思えば、過去何回『関西に台風直撃!』とニュースが騒いだか。

そしてそのたびに、裏切られたのよね……と言いたいけど、今回は別!

アルプス縦走! 今回はマジで勘弁!

そして気が付く……台風に気を取られている場合じゃないよ、そう言えば山小屋予約しないと、そして登山届を出さないと、そして3回分のネトラジを編集し、部屋の掃除を……ブログの予約を…‥ああっ山の上で何を着ようかとか、コーディネートに悩んでいるひまはなかった!


どうせお洒落よりも実用性重視の山行なのに……誰にも会わないのに!

何を超無駄な思考に囚われていたの、私!


と、まあ『ダウナー状態』冬の布団から這い出ていた模様。


あー良かった。

後は文章の書き方を思い出すだけだ。


……塾のあちら側

久しぶりに作劇塾。


全く、家庭内大揺れだし、朝にプリンターが突然故障、最近どうもロクでもないな。何かたたりでもかしらぶつぶつ……と思いつつ塾へ。


おお、ここでも炸裂。


すげえ怒られるの日。

来週金曜日アルプス縦走最終。

下山して塾に来るのが恐らく真夜中。もしくは欠席かもと思い、塾生の皆さんに無理を言い、来週分、そして仕事のため塾欠席の再来週分もネトラジを3回分、急遽取りだめにして頂いたのですが……塾より山を優先かと先生に怒られる。

プロになりたいというなら、もっとストイックなもんだ。人は禁欲的な姿勢を見て、手助けしようとか思うもんだぞ、つうか最近、山が一番になってやしないか?

ブログ内容も創作よりもそればっかりで、ホラー談義もしないし。

それから、ネトラジ編集できるのが現在私のみ。

こういう時、皆でちゃんと動けるように体制作れ、とのこと。


先生、お怒り。

やりたい事をしぼれ。

目標にはちゃんと集中しろよ。

文章の書き方忘れるとはどーういうことや!


……やれやれ。


せっかくの気分落ち込み中にポカポカ殴らんといて下さいよ……と、言いたいところですが、人と会話をするというのは良いもんですね。

頭の中で澱んだ形になっている、感情や思考を整理して、言語化して口に出すのは、一種の排出作業。

話をしている内に、考えが固まっていくのは、よくあることです。


それにねえ、大人というのは因果なもんです。

落ち込んでいても、やさぐれていても、仕事して社会生活しなくちゃだから、そうそう長い事『落ち込み生活』は送れないのよ。

短期間なら良いけど、長期になると実務的なことも滞り、問題も膠着。

周囲の目も冷たくなるしさ。

落ち込み生活は冬の布団の中にも共通するとこありまして、出たくはないけど出なくちゃね、というモノですわ。


ハイ、目標も同様。

さて、そろそろ布団から出るか。