陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
大人の実感
ジャン・ギャバンの『現金に手を出すな』を観る。

初老のギャング二人、マックスとリトンが、オルセー空港で金塊を強奪した後から場面は始まる。

さあ、これでもう引退して、これからゆっくり生活しよう……と考えていたジャン・ギャバン扮するマックス。だけど相棒のリトンが、日頃贔屓にしていたクラブの踊り子に強奪事件の事を話してしまう。

そのクラブの踊り子は、犯罪組織のボスの愛人。ボスのアンジェロが、二人の金塊を狙い始め、マックスも襲撃の危機に。マックスはそれを回避したが、マックスの相棒リトンがさらわれてしまう。
リトンの解放条件は、当然「金塊よこせ」

組んで二〇年、思えばリトンには迷惑かけられ通し。しかも今回もリトンのヘマからこんな事になり、自分だって危険に晒されたのだ。
金塊かリトンか。どうするマックス!


派手なアクションも銃撃戦もない。話自体は結構単純。
映像も静か。でも、映像の一つ一つが切り取った写真になるほど美しい。ジャン・ギャバン扮するマックスは、喜怒哀楽の激しさは無いけれど、その静かな表情の下に見える感情がありまして、それが渋い。
静かな諦めと、それでもくすぶる大人の内面。大人にならないと、この辺りの感情は分からなかっただろうな。

そして男の隠れ家! マイ飲み屋じゃありませんよ。正に隠れ家! しかもお客様用のパジャマに毛布にシーツ、歯ブラシまである辺り、まるで宿チックではないですか。
私には、ここが妙にツボ。
悲しげで、震えるようなあの『グリスピーのブルース』も素敵。
この曲の良さも、大人にならないと分からなかった。

これを観て久しぶりに、大人になったのね私、と実感した次第。

でも今だ、ビールの美味さと演歌の良さは分かりませんね、何でか。
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塾のこっち側
合評。

前回酷評された回想シーンを削除、エピソード付け足し。

ヒロイン①の家に、警察が訪ねてくる。
警察に食人鬼になった元優等生ヤンキーが、何かしらの事件に巻き込まれている事を聞かされたヒロイン、彼を探そうと決意する。

さて、ヒロインはフツーの女子高生なので、暴走族とは知り合いはいない。と、言う訳で、何らかの情報はあるかもと、自分の通う高校の不良の溜まり場に赴くが……そこには職業軍人二人組もおりまして。

と、いうくだり。

アウトローを気取る不良を馬鹿にし、溜まり場になっている倉庫をぶち壊す軍人コンビ。

「主旨がずれてきた」
「エーそうですか?」
 
ラノベとホラーの融合は諦めましたが、ホラー部分とコミカル部分、雰囲気をはっきり書き分けてみたいと思っているのですが。

「最初、どんなシーンから始まったか、思い出してみろ」
「えー、暴走族の皆さん、夜の海で感染して共食い」
「あんな場面から始まってるんやで。当然読者は、そういうストーリー展開求めるやろ」
「あああ、また私の渾身のギャグ場面がが否定さています……サザエさんといい……」
「まだ言うとるんかいな。はっきり言って、あの部分はイランで。あの要らんこだわりで、作品書き上げるの、滅茶苦茶遠回りしとるわ。また遠回りする気か」

ぬるい日常シーンは、あくまでおまけ程度に添えておけ。
そして、そのシーンの間にも緊張感を忘れずに。ぬるい事やっている場合か、と読者を焦らすように。

とのお言葉。

ハイ、分かりましたと私。

こう書くと、先生のアドバイスに、盲目的に従って書いているようですが……
先日、「合評アドバイス書き直しバージョン」「オリジナルバージョン」
この二つのプリントアウトを読み比べたのですが……あらま、確かに。

第三者視点は、もの凄く必要だわ。

ちなみに、4月19日のテレビ番組で、ダークナイトで起きた市松人形にまつわる怪事件を取り上げられて
おりまして、それに出演された先生。

ダンナも「新耳袋」を読みふけっていた男。

それに、嫁の師であり、毎週参加している、夜通し飲み会の主催者も、この目で知っておきたかろう。

「あの方が、我が先生であらせられます」

画面に映る先生をご紹介したのですが。

「……服が黒いな」

申し訳ありません、先生。

先月の飲み会で持っていった酒のつまみ、彼からの差し入れなので、許してやって下さい。







ネタを考える

中島らもさんもエッセイで書かれていた事があったが、らもさんは電車の中でよくネタが浮かんだとあった。

なるほど、なぜか私も小説のアイディアは机の前で浮かんだ事はない。
大抵、歩いている最中だとか、別に何かをしている時だとか、書く作業以外のところで思いつく。

通勤途中のプラットホームに、職場のトイレ。昼休みの休憩中。

不思議と、遊びに行っている時は思いつかない。旅行の移動中とか、ほとんど考えない。

やっぱり、ネタを思いつくって、一種の現実逃避なのね。
仕事というストレス、これが一種の刺激剤となっているのよ、きっと。
そう、ストレスは必要なのよ。ネタの製造のために……。

と、言い聞かせる日曜日の夜でした。

ああああああ、月曜から仕事だ……。





祝:作劇塾ホームページアップ
さて、春。桜が咲きほこり、道には新しいスーツを着た新社会人が、道を歩くのを見ております。
『初々しい』という形容詞を石器時代にすでに失った我々は、入社してきた新入社員に、あー若いわねーだの可愛いわねーだの、新しく入った男の子、イケメンいるかしらねー、若いっていいわねだの、適当な事抜かしながら、仕事の手を動かしているのですが。

この時期になると、私が思い出すのは『プレイボーイ』誌であった人生相談。
ミュージシャンを志す青年の悩み。このままプロになる夢を追い続けて活動するか、ちゃんと就職するか、という二択でした。

回答者キッス様はそんな彼に「先に大人になるのが先である」と説かれ、大人とは自分自身を養える事だと。そしてそれを実現してこそ、夢を追う資格が出来ると回答しておられます。
「練習なんか、仕事終わってからしろ。毎日2時間すれば十分である」とも。

……社会人になってから、良く分かりました。
実は、これは一種の「ふるい分け」ですね。夢をかなえる事が出来る人間かどうかを試すための。

いや、実際、仕事に頭と体力使って、疲労した状態でも、なお且つ毎日2時間も練習出来る人ならば、才能あるよ。少なくとも、「好き」という才能が。

そしてそんな人は、プロになろうとなるまいと、「何か」にはなれそうな気がする。
最悪でも、つまらない人生ではない。

と、睡眠時間を削る自分に言い聞かせている今日この頃です。