陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
塾のそっち側と男の味覚
合評

人喰いウィルスに感染した元優等生ヤンキー、母親と家庭訪問に来た学校の担任を殺した後、家から逃走し、街に潜伏。獲物を求めて街へ。
そこで以前の族にいた頃の知り合いの少女に声をかけられる。

少女、彼に酒を飲ませてラブホテルへ。実は、その目的は、ヤンキーへの復讐心でありまして、そこにはヤンキーの元仲間も待ち構えておりまして……という流れ。

「自分、イケメンの描写はていねいのクセ、女の子の描写はあっさりで色気ないな」
「……そうですか?」
「女の子の描写はすっげぇ冷たいで。まあ、考えてみ? この女の子、ヤンキーに酒飲ましてラブホテルに引っ張り込むわけだが、モーションのかけ方、腕引っ張っていくくらいやんけ。フツー谷間とか見せるやろ。腕に胸押しつけるとか、太ももチラ見せとか。色気サービスするで」
「あ、ナルホドそうです」
「でもって、感染したこのヤンキー、性欲はあるの? ないの?」
「無いですね。もう、この娘は『食い物』ですから」

飯に欲情する奴はおるまい。

「でな、説明しすぎ」

ここで、ちょっと反論する私。
「筒井康隆のエッセイにですね、小説作法の一節がありまして。その中に、読者には丁寧すぎるほど、丁寧に説明しろ、とありますがいかがなものでしょう」
「そりゃ、筒井康隆の小説だからだ」

……なぜか納得。

そして、先生に切り出す私。ペンネームに先生のお名前の漢字を一文字、使わせて頂けないかと。
その漢字は、『朗』です。男名前にしようかと思ったのですが。

「……で、なんで男名前に? 自分女やん」
「エロ小説を書くとき、よろしいかと」
「性別ちがう名前はやめとき。インタビューとか、対談とか、顔出しの仕事に差し障りが出るで」
「そうですかね」
「でもって、自分の文、男描写は丁寧なのに、女は色気ないもん。ホモと間違われる」
色気が無い……ううむ。致命傷だ。

そして、飲み会へ

持ってきたおやつに非難ごうごう。
「かっぱえびせん近江牛ガーリック味ってなんやねん! フツーにかっぱえびせんでええやんけ」
「ペッパーチョリソー味のポップコーン……塩でいいですよ」
「ポテトチップスバターハニー味? いえ、バターは良いけどはちみつ……?」

いーですやん。この飲み会は、私にとって新製品と新たな味覚発見の場でもあるのです。

「フツーで良い! 味は定番で良いんや!」

そういえば、ここで飲み会の鍋メニューに『グリーンカレー鍋』をしようとして却下されたのよね。
その鍋を家で作ろうとしたら、旦那が「鍋はフツーで良い!」と却下されたから、こっちで作ろうと考えたのだけど。
男の人って、味覚に関しちゃ保守的だなぁ。

次は、チョコレートコーティングした柿の種を持っていこうと考えているのですけど。
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プチ家出について
ホラーを担当する者として、課題小説の中では、人を殺しまくっております。
今書いているのが、『物を食べながら読めないグルメ小説』
美味しそうな共食い描写に精力を傾ける私。まさかホラー描くのに、過去に読みふけった食エッセイが栄養になるとは思わなかった。
読んで良かった、コグレ先生、東●林先生にヒラマツ先生!

……さて、高槻のニュースを見ながら思いだしたのが『プチ家出』
昔の携帯電話もラインもない時代、子供の家出に親は大騒ぎでした。
無理もない、親から子供への連絡手段が無いし、現在位置が分からない。
今では、子供も携帯持っている。携帯のGPS使えば大丈夫。ラインもあるし、どんなに離れていても、すぐつながります。
二、三日の無断外泊くらいなら、騒がない親もいるらしい。

ちょっと待てよ。我が子の現在位置さえ分かればいいのか?

そりゃ、GPSという衛星様のおかげで、我が子の居場所は分かるさ。でも、今正に殺されかけている状況に遭っている、そんな時、助けに行けるのか?

居場所は分かる、イコール子供の安全を守れるとは、違うでしょ。
逆に油断して、とんでもない事態になるケースが多いと思うのですが。
ラインなんか、なりすましが出来るしさ。私が犯罪者なら、被害者のSNSに、今、私は元気に遊んでるよ~なんてメッセージをアップして逆手に取るね。

加害者の目線に立ってみよう。真夜中に遊んでいる未成年なんて、羊以外の何物でもない。
庇護してくれる大人がいませんよって、宣伝しているようなもんです。
大体、変質者にとって、未成年なんか庇護すべき対象じゃなくて、獲物です。そして獲物の条件は「群れから外れて、油断している奴」
家庭という群れから外れて、携帯あるからって親子共々油断している奴。

子供は、大抵馬鹿です。昨日は大丈夫だったから、今日も帰らなくても大丈夫なんて、危機回避能力が点と点しか結べない。経験値のなさからくる想像力の限界って奴です。
それを、経験豊かなはずの、大人の親までが同調してどうする。

子供は早く帰って寝ろ。乱暴なセリフですが、真実ですね。
そして、子供に限らず、女性もさっさと寝た方がいい。
……お肌のために。
駄文更新
日本の歴史から天皇、集団的自衛権まで幅広い先生のブログ。

そこの塾生、私のブログが、世界ランキング入りしそうなほどつまらんテーマを題材にしているのは、どうかなと反省しまして。
私的『集団的自衛権についての見解』さらっと一言。

憲法第9条、これは日本の誇るべき憲法です。
憲法は、国民が為政者を縛るためにあるものなので、そう簡単に変えていいものではないとは思う。

でも、戦後70年。時代は大きく変わってきていて、今のままの憲法で日本そのものを守る事が出来るのか?
憲法9条は武器になるのか?
戦争放棄した国だから攻撃はしないでおこうとか、他国は考えるのか?

無いな。私が侵略側なら、真っ先に行くね。
たまに世界征服妄想にふけりますが、私ならまず、日本を攻撃、占領。先進国だけど集団的自衛権がないから、アメリカ以外の国は助けに来ない。
そしてそのアメリカも、以前のような力は失っているし。
スイス? ああ、あそこもそういえば、集団的自衛権無いね。でも、攻撃は止めときます。

だって、国民が『確かに私ら、中立国やけどな、かといって無抵抗ちゃうからな? 手ぇ出したら、やったんでぇ』という気迫ですもの。家庭に銃を保管しているのです。そんなご家庭レベルから喧嘩の気迫十分なとこ、誰が行くか。
確か、シェルターもあったな。喧嘩の準備万全ですね。

……と、敵サイドに立って、想像してみました。

一方、集団的自衛権反対側意見の言い分ですが。

休日街に出れば、街頭演説をよく耳にします。大抵が、自分の子供たちに人殺しをさせたくないという、お母様方の声。
安倍総理は、アメリカと戦争をしたがっているのだとか、9条を変えれば日本は戦争に巻き込まれるという予測。

感情的だよとか、短絡的とか、ちゃんと歴史や国際情勢や国連憲章とか軍事とか、知ってるのかね? と、散々揶揄されています。 反対意見を述べるなら、感情的にならず、ちゃんとした知識と理論で向かってこいと、私も思う。
でないと、論議が出来ない。

ですけど、多分私が思うには、あの人たちの反対意見の根っこは、政治家への不信感、それ以外無いんじゃないかと。

今まで、憲法9条を守って平和を維持してきた。だけど、最近周辺諸国がきな臭い。
そして、政治家が『憲法9条を変えよう』と言い始めている。そうなると、今でも危険な場所に行っている自衛隊が、更に危険なところへ、そこからずるずると、戦争へ向かって進み始めるのではないか。
息子や恋人が、戦争へ行くことになるのではないか。
いや、そうはならないと政治家たちは言うけれど、今までの事思い出してみろ、アテにならないじゃないの。
理論なんてどうでもいい、過去がそれを物語っているよと。

……私の考えでは、集団的自衛権は必要とは思います。
戦争をするためのものではなく、戦争をしないために、他の諸国と同盟を結んで守りを固めるものだと。相手に攻め込むためのものではないと。

ただなぁ、問題はこの一点。政治家が信用できないのよね。



イベントの話
実を言えば、会社の昼ごはん時の話題というものに悩みます。
昼休み前から悩むのは、本日のメニューではなくて『話題』一緒に行くメンバーによって話題の質やカテゴリを変えねばならん。
人妻メンバーなら、日常の家事から電化製品等。そして独身メンバーなら恋バナだの甘いものだのインテリアだの。

いや、別にキミが考える事じゃないだろう、何を仕切ろうとしてやがんだと思われるかもしれませんが、話題を黙って見守り、いえ、聞き守っていたら、仕事の愚痴になる確率高いんだもの。

阻止したいのです。食事しながら、仕事の話を聞きたくないよってに。

さて、ダークナイトや色々なトークイベントに行くのですが。

生のイベントは、放送や録画では絶対に聞けないような話の宝庫です。
素晴らしいほどに面白く、もしくはシュールな、お下劣な話に何度触れることができたか。

前回の北野誠さんゲストのダークナイト、私にとって物凄いツボにはまったエピソードがあるのですが、これは言ってしまえば、お話が出来ない系統のモノ。それにまつわるエピソードなので、人に話せない……絶対に笑いをとれる自信あるのに。

岩井志麻子さんのトークイベント。実にお下品な「実験」のお話に、流石は岩井志麻子サマと悶絶したのですが、これも下品すぎて、話す相手を選び抜かねば。

あああ、一緒にこの手の話題で盛り上がる相手がほしい。

じゃあ、誰かと一緒にイベント行けよとなるのですが、オールナイトのイベントに一緒に参加できる人は皆無。ダンナは怪談は好きだけど、話芸よりも文章派で、しかも夜の9時に就寝する男。
小学生か。金曜ロードショーすら見れないぞ。

人は独りでも生きられるけど、やっぱり不便かもしれない。








駄文更新:迷い
小説を書いた事のある人なら、必ずぶち当たる迷い。

「今書いている話は、面白いのか?」

くそ暑い中、クーラーをつけずにいるから集中力が落ちてそんな事考えるのか。
キーボードの上から動かない、文鳥のぴーちゃんが「この話、このまま書き進めていいのかね?」と問いかけているようにも思わせる。

書き始めのテンションをそのまま維持できれば良いのですが、書いている内に展開に詰まったりするのです。
かといって、展開しやすいように考えた話はツマラン……気がする。予定調和ぶっちぎりの傾向にあり。

しかも、文体とかも悩む。そのストーリーに向いた文体に描写、無理はないか、そしてちゃんと分かりやすいか。
書いている内に、どうしても緩んでくる章がある。こんなにだらだらと描写して良いのか。

じゃあ、気分転換と参考兼ねて、他の小説でも読もうか。それがまた、落とし穴になる事もあります。

変な影響を受ける事があるんです。世界観に文体。怪談書いているのに、読んだSFの要素を入れたくなる。お笑い書いているのに、スプラッタ-入れたくなる。
影響されて、違う話考えついたら、なお悲惨。ネタって鮮度があるから、今書いているのを後回しにしたくなる。
せっかく思いついた貴重なアイディアだもの。でもこれは危険。これが癖になって繰り返したら、途中までしか書いていない話を量産する羽目になる。

そんな時は、劇作家の鴻上尚史さんの言葉を思い出します。あれは確かSPAで連載されていた、『ドン・キホーテ』のエッセイシリーズだった。
細かいところは憶えていないけど、こんな感じ。
『書き上げろ、そうしないと評価の対象にもならない』

ストーリー部分で、だらけた部分が出ていても、それだって全体的に見れば必要な緩みかもしれない、書き上げて読み返すまで、その事は分からない。だからとにかく書き上げろ、とありました。

そして、中川いさみ先生の一コマ漫画。
『その時タロウは、バナナの皮で滑って転んで死んだ! よし、これでいい、とにかく書き上げたぞ!』

確かこんな感じ。
おかしいな、この号は置いておいたんだけど、どこ行っちゃったんだろう。

もういい、どうだっていい。とにかく書き上げよう。
ぴーちゃん、どいてくれる?