陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
駄文更新
すみません、激眠です。二日間連続朝帰りはなかなか眠いです。

もう一つの作品に、朝から夕方までずっとかかっていたので、もう目が疲れました。
しかも晩御飯が豚しゃぶで、ボジョレー1本空けて頭がぐらぐら。

ダークナイト行ってきました。第20回、第1回目から通っていますが、イベントで怪異が起こり始めたのは、つい最近から。
怪談の魔があった夏からかもしれない……今のところ、怪我人はいないので、まあ安心かなと。

でも、ぁみさん、舞台上で思い切り怯えてきた気がするなあ。

ではまた明日
塾のこっち側
『才能』という話題になりまして。

才能って何でしょうね、その道を目指すには、無いとやっぱりいかんのでしょうかね。

「音楽に才能は絶対にいるなあ。子供の頃からその道に親しんでいる方が多いやろ。30越えてピアノ弾いてプロっておらんで」

ですねえ。
私、60越えたら三味線しようかとは思っていますが、三味線界の松本孝弘は無理だろうな。

「ただなあ、その道のプロに聞いたら、いつの間にか自分一人が残っていた、という話はよく聞くで。好きだから続くんやろうな。それに傍目には大変そうでも、本人からすれば、それ自体が楽しいやし」

いくら好きでも、ふと考え込む瞬間はありますけどね。
何やってんでしょ、私ってね。
小説も読まん、映画も観ない。睡眠不足だ。その先になにがあるんでしょうねって。
才能なんて、あるかどうかも分からんし。

「だけど、考えてみ? 会社から帰って、テレビ見てゲームして本読んで寝るのが大抵の人や。それがやな、皆が皆、会社の後で漫画書いていたり映画とっていたり小説なんて書いていたらどないやねん。まあ、無いわ」
「……あっても、なんかやだなあ」
アフターファイブの方が濃い会社ですな。

「会社から帰って、娯楽よりもあえて創作を取るっていうなら、なにがしかのものがあるんやろ」
……まあ、書くことが娯楽だけど。
でもなあ、いつだったか、会社の人に『本は好きだが書こうとは思わん』
そういわれたんだっけ。
それが『好き』という才能なのか。

そして、数時間前、バラエティ番組のコーナーに出てきた陶芸教室。焼き物に挑む芸人さんたち。
それを見つつ思ったのは

「焼き物は愛しているけど、作ろうとは思わんなあ」

ああ、成程ね、そういう事かとふに落ちた瞬間でした。

すると、焼きもの好きの私には、陶芸の才能はないってことだな。


大人と出世の条件
ハウツー本大好き。

自分にとって関係あるものから関係ないものまで、読んで楽しいハウツー本。

殿方の価値を見分ける方法だの、出世する男の条件だの、真贋を見分けるハウツー本も当然読んでいます。
当たり前です。女の人生は男で決まるとは言わないが、少なからず影響はあるだろ。

ついでにいえば「女は男は立てろ」とはよくあるお言葉。
それならば、立てるに相応しい男を見極めねばならん。
だってさあ、器量の無い奴を立ててやったって成長はないよ。増長するだけでしょ。

まあ、そういう事で銀座のママや精神科医とかエッセイストとか小説家とかライターとか、そんな皆様の書かれた『出世・浮気に金使い:殿方真贋見極め法』といったものを読みふけり、非常に「おお!」と思ったお言葉。

「当たり前のことを当たり前に出来る殿方は、出世する」

ちゃんと挨拶する、お礼を言う、謝罪が出来て、ウソつかないし約束守る。

成程、と思いました。
大人になったら「当たり前のこと」を結構省いちゃうのよ、コレ。
親とか教師とか、怒られることが激減しますからね。忙しくて、つい省略とか、変なプライドとか。

社会人になってから見てきた『よく出来る上司』『有り難い先輩』の姿を思い浮かべると……おお。

本当に、当たり前のことをちゃんと出来ていた人たちでした。

コピーを使った後に、設定をちゃんとリセットしていたとか、自分の席にかかってきた電話は、忙しくてもちゃんと自分で取っていたとか、そんな細かなところまで、手抜き無しの『当たり前が出来る』人たちだった。

……当たり前。でもそれが基本。

基本って大事よね。散らかりまくった部屋で、心底納得している私に出世はあるのか?

ついでに、ちょっと想像してみた。
もしも、ダンナが『淑女真贋見極め法』を読んでいたら?

うっわー、夏の離婚話の原因がこれだったとしたら、やだなあ。



塾の前日
スリーサイズオール100ヒロインのせいで、タダでさえ存在感がかすんできた人食い主人公。
そして、さらに追い打ちをかけるように、夜明けのコンビニに登場したヤクザ野球チーム。
このダブルの濃いキャラたちによって、主人公の存在が風前の灯火に!

これ以上、主人公をかすませるな。
人を喰うだけのハンサムという、つまらないキャラなんだからという事で、ヤクザ野球チームは出場停止。
コンビニバイト青年は、ぶーがコンビニ食品荒らしている間に、自力で脱出。

仕方がないなあ、違うところでヤクザ野球チームは使おう。

という訳で、場面削って修正して……としていると、当然文章の流れが変わり、リズムも変わる。
そうなると、違う文脈足したりセリフと描写が付け加え……となりまして、別に指摘はされていない部分まで手が及び、そして加筆される。

いらんところ、付け足して蛇足という結果になったらどうもな……そう思いつつも、一方では。

「いーじゃんいーじゃん、どうせ習作なんだから」

出た! やりたい放題の伝家の宝刀 『習作なんだから』

「まあ、考えても見なされ、せっかく頭に浮かんだネタよ? 使わんでどうする」
「まーねえ。しかし、蛇足……」
「何か言われたらどうしようとか、それって単なる臆病っつか怠慢よ? 蛇足なら蛇足だったと、そう分かるならそれで良いだろ」
「ふむ」
「どうせ、修正と書き足しで、なかなか前に進まないのがキミの課題ってもんよ。さしたる欠点なく、ハイ次って、課題がすぐに前に進んでいたのは、思えばあのお方くらいじゃんよ」

……その通りです。復帰を心よりお待ちしています。

と、いう訳で、己との対話によって『書き足し』決定。

それにしても、対話する『己』の正体ですが、勇気なのか開き直りなんだか図々しさなのか、それとも思い切りの良さなのか、区別がつかなくなってきたなあ。
映像と文章
さて、貴志祐介さんの『黒い家』で、映像化の怖さにしみじみした私。

実をいうと、あれ以来いくら好きな原作であっても、もう映像では見ないことにしているのです。
マンガのアニメ化は相性がいいのですが、小説を映像化というと、どうも怖い。

キャラクターの動きや心の中を、文章によって書きだすのが小説です。
文章の持つ、独特の空気感やリズムで、見えないものを、見えるように描写するのが小説。
ですが映像は見えないものは映せない。

結果、映像は分かりやすけれど、小説独特の空気感が無くなる。
その空気感に代わるものが映像作品にあれば、それは良作なのですが。

その中で、京極夏彦さんの『虚言少年』 
京極さんの作品は、特に空気感が独特なのですが、特にこの作品は絶対に映像化に向いていない。

主人公は小学校6年生男子。小太りで、ひたすら学校では目立たない。
映画で言えばエキストラで、マンガの中ならモブキャラ、その他大勢の輪郭さえまともに書いてもらえない、そんな存在。
モテもせず、かといって不幸なわけでもない日々。
特筆するなら、嘘つき。
馬鹿なことはオモシロイ、それが信条。

そんな彼と、信条を同じくする友達二人、三人トリオの学校生活。
時代的には昭和が背景。甘酸っぱい初恋も大事件も起きない日々。
これをジジクサイ子供の目線で、大人語訳という形で日常をつづっているのですが、それにしても大人のレトリックで語られる子供の生活の、とんでもないバカらしさに楽しさ。

これは映像化は絶対無理。

描写が視覚的な作品なら、向いていると思うのです。
実は、月村了衛さんの『機龍警察』は映像化して欲しい。

二本足歩行型有人兵器が犯罪に使われるようになった至近未来。
その犯罪に対応するために、警察が新たに『龍機兵』機甲兵装の新型機を採用。
5年先のテクノロジーを採用しているという開発の謎。搭乗員は元傭兵の3人。
警察小説でありながら、SFアクション。
乾いた文体でつづられた戦闘描写は、ぜひ映像で見たい。

これなら観に行く。
監督が押井監督か、庵野監督なら死んでも行きます。





原作と映像化の間には……
実をいうと、あまりホラーは読まない。

あっすみません、ホラー担当ですが、愛読しているのは怪談です。
好きな怖さのティストは、怪談なんです。ぶん殴りの力技の恐怖より、ひやりと怖い、背中をすっと横切る冷気。

ですが、ホラー小説の中でも私の好きなタイプの怖さのものがございます。
それが貴志祐介『黒い家』

保険金殺人とサイコパスをテーマにした傑作です。
生命保険会社で保険金支払い査定の仕事をしている主人公。顧客の家に呼び出されて、その家の男の子の首吊り死体を見てしまう。
夫婦が我が子にかけた保険金を請求されるのですが、その父親の常軌を逸した請求ぶりに、子供は父親に殺されたのではと疑う主人公。
調査したところ、出てくる夫婦の保険金疑惑。主人公は、父親が我が子を手にかけ、次は鈍重そうな母親に危険が迫ると思い込み……

これは怖かった。
じりじりとくるサスペンス、サイコパスという人間の空っぽな心が、保険金殺人というテーマと絡んで描かれています。
サイコホラーだ。狂気という、虚無の怖さ。

あまりに怖かったので、映画化されたので観に行ったのです。何年前の話。


大竹しのぶが母親役でした。父親役は西川雅彦。

この原作は、ホラーでも背中がヒヤリと怖いタイプです。
本来「統計的思考を父に、相互扶助の思想を母にして生まれた、人生のリスクを減殺するシステム」
これが、人間にかけられた賞金となってしまう怖さ。

心を持っていない殺人鬼。これが一見鈍重な中年女である怖さ。
仕事で関わり合ってしまった不運。これがハモ切り包丁を持って、恋人にまで忍び寄る。
ディテールも凄いんです。嗅覚異常とか、人間社会と虫の世界になぞらえての描写とか。

それが、映像化された瞬間、コワさを倍増化させていたディテールを排除、原作にはなかったエロだの小道具だの設定を付け加え、全てが平坦なただの『力技ホラー』になり下がったのです。
黄色いワンピースの派手な主婦、大竹しのぶが、包丁振り回すだけの話になってしまった……

キャスティングの失敗というより、この原作を持つ『恐怖』の種類の取り違えが最大の失敗でした。


鈍重な主婦だから、怖いのに。
香水の匂いがきつい、嗅覚異常の主婦です。
主人公は無人であるはずのビルに、その香水のきつい匂いが漂っていることで、主婦が自分を殺しに来ていることを察知する場面なんか、かなり怖いのに。

原作をちゃんと読んだのか! 

映像化するにあたって、切ったり付け足したり、そりゃ文章とは違うもん。
ストーリーに改編部分は出てくるだろうさ。
ですが、大事な核の部分をちゃんと残しているかどうかが、成功か失敗の分かれ目だと感じております。

違う意味で、映像化の怖さを見せつけてくれた映画。

最近、また原作を読み直した結果、数年ぶりに思い出し怒りがこみ上げてきたのでした。







駄文更新
ついうっかり更新を忘れるところでしたが……

すいません、時間が押しているのです。
今週は合評課題もあるのです。妄想同時進行週間に余裕はないのです。
これが終わったら、大脱走とナバロンの要塞と眼下の敵と失われた週末とサスペリア2とグリード観るんじゃあ! 
カトリーヌアルレーの本を注文しまくって、クリスティ短編集そろえてやる!
そして平日も浴びるほど酒を飲んでやるのよ!

と、誓いを立てました。

人生で一番血走っているかもしれない冬。
インフルエンザにかかっている余裕は無い。

ただいま危険水域
モノを書くにあたって、何が必要? と聞かれたらまずはネタ。
話の核です。これを基にしてストーリーを考え、場面を考え、組み立てていくのが私の方法。

中には、最後の最後まで絵コンテを考えてから書く方もいらっしゃるのですが、私の場合、結構行き当たりばったり。
ストーリーが出来て、最初と中盤、そしてオチまで考えついたら、そのまま書き出す。
書いているうちに、話に寄り道見つけたり、場面が変わったり、ラストシーンも変わったりとしますが、まあ良いや。
臨機応変よ。
最初に考えていたものと違うものが出来ていたりするけれど、それも結構楽しい。

……それが今、まさかこうも厄介なことになっているとは。

課題とは違うのを書いているのですが、最終コーナー。
ラストも考え、オチも一応考えているのに……絵が浮かばない。
やばいなあ、これっていつものパターンよと戦慄の私。

話を書く終わりごろ、必ず引っ掛かるんですよ。
オチも出来ているのに、なぜか絵が浮かばない。
頭の中の映像を、視点を変えアングルを変えて文章に起こしているので、絵がないと書けないのよね。

「やっばー」

宝石のように大事な日曜日です。
午後の時間を我が物にしながら、全く話に手を出せないこの不甲斐なさよ。

何故だ? 材料のインプットが今更尽きたのか?
油断か? 怠けか? 

映画の展開でよくあるよねえ。クライマックス、さあここで脱出なり、勝敗なり決着がつく寸前に、突如主人公が見舞われる最後のトラブル。
弾切れだの、スイッチが作動しないだの、蓋が開かないだの……最後は主人公、見事窮地を脱してハッピーエンドですけど。

でもこれって、現実なのよね。
だから、容赦なく時間は迫ってくるのよ。
それにしても、書きもの終盤って、毎回これやっているわ。もしかしてそういう性質なのかね。

危険水域を背泳ぎしながら、ううむと嘆く日曜日でした。

塾の裏側
合評。

ヒロイン、学校へ行く。
問題は、その前夜から朝にかけての話でして。

「話に統合性がない」
「こんな食い意地のはったスリーサイズ100ヒロインなら、感染した前日の夜0:00から、学校に登校するまでの間、絶対に何か騒ぎを起こしてる。放課後まで空腹抱えて大人しくしとるかいな」

と、いう話の運びを指摘され、修正分を提出。

ヒロイン、感染して『彼を食べたい』という欲求に駆られ、廃屋で喰人主人公と一騎打ち。
廃屋で闘いの果て、床が抜けて転落。主人公は逃走。
おかげでヒロインは、そのまま一晩放置される羽目に。

さて、次は早朝のコンビニバイトの青年2人に視点になります。

朝の4時。商品補充はまだだし、客もいない。
だれているバイト2人。
そこに客が入ってくるのですが……何だかヘン。
ボロボロの姿のぶーな少女。しかも目つきが尋常じゃない。まるでナイ・トオブ・ザ・リビングデッドのゾンビではないか……緊張のバイト青年たち。

案の定、ぶーな少女……スリーサイズ100ヒロインは、素手でコンビニおでんを掴み食い、まずいと喚いて鍋をひっくり返し、ショーケースの中のからあげくんとホットドックを貪り、あんまんと肉まんを一気食い。
「まずい!」 店を叩き壊すヒロイン。
恐怖のどん底に突き落とされるバイト青年2名。
そこに救いの手が!

入って来たのは、野球チームのユニフォームを着た団体客の男たち。
「助けてください!」
悲鳴を上げる彼らの目に映ったのは、そのユニフォームの半袖の下から伸びる腕に彫られた、見事な入れ墨。
「おい、何しとるかお前!」

目の前の光景にいきり立つヤクザ野球チーム。
レジを投げつけるヒロイン。それを金属バットでジャストミート、打ち返す武闘派ヤクザの4番打者。
レジはヒロインの顔の横をすり抜けて、ガラスを割る。

切って落とされた戦いの火蓋! 
スリーサイズ100ヒロインVSヤクザ野球チーム、コンビニ店内で繰り広げられる死闘!

「……やり過ぎやろ」

先生、複雑な表情。

「店のレジを金属バットで打ち返せるかい。バット折れるで」
「面白いと思ったんですが」
「マンガやんか」

ファンタジー挑戦中青年にはウケてますが。

「スリーサイズ100ヒロインだけでも登場キャラクター濃いのに、ヤクザ野球チームなんて、これもまたキャラ濃すぎ。
喰人主人公がかすむで。もう存在感消えかけ」

人間喰っているハンサムなのにねえ。
私の嘆きに先生ツッコむ。

「顔良ければ良いっちゅうもんちゃうやろ」

と、いう訳で、ヤクザ野球チームはなし。

ぶー。面白きゃいいと思ったんだけど。

ちなみに、ヤクザ野球チームの元ネタは、今からン10年前にあるコンビニバイト青年から聞いた話。

朝の早朝、また日も上がらぬうちからコンビニにぞろぞろ入って来た野球ユニフォームを着た団体客。
彼ら全員、ユニフォームの下にド派手なシャツを着ているなと思っていたら、レジの精算時に間近で見て、シャツの柄の正体が判明……入れ墨。
「彼らの相手チームがどこなのか、非常に気になる」
だ、そうでした。

まさか警察じゃないよね。







駄文更新
トランプ氏が大統領かあ……と水曜日にしみじみ。

私の予測では、クリントン氏が7割、トランプ氏が3割くらいだったんですけどね。
だって、トランプ氏は女性蔑視の発言で、同じ政党内の女性からも批判が出ていたし、テレビの報道を見ると、トランプ氏は劣勢の空気だったので。
恐るべし、メディアの力。いつか、日本で話題になったシールズの報道を思い出したわ。

「メディアや報道だけに頼るな。自分の目と感触で、世の中をさぐれ」
その後、経験値を営業に生かせろ、一歩先を考えなさいと仰る我がボスのお言葉。

あー、毎週金曜日に聞いている言葉が、朝礼にまで来たか……

それにしても、停滞していると人は変化を求めるわけで、それが今回の選挙で、トランプ氏はその劇薬になるか、と期待されたのですが。
クリントン氏だと、多分このまま同じなんじゃないかな。
じゃあいっそ正反対のリーダーを選んでみるか、という感じですかね。

……イギリスのユーロ脱退とか、ン年前の民主党政権とか、人は停滞したら、とりあえず今の現状の打破を選ぶのね、とつくづく思いました。
その先はどうするのか分からないけれど、とりあえずGO!

個人的な生活なら、それは大いにありだけど……政治だしな。
この先どうなるかは別ですが、国民の政治に対する傾向として、それって怖いような頼もしいような。

でも、大きな転換期になるだろうな。

ところで、トランプ氏とドゥテルテ大統領、結構比べられてはいますが……でも、フィリピン大統領、自国民からは愛されていますよ。