陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
大人と神頼み
子供の神頼みなんか、たかが知れていますよね。
絵馬や七夕短冊、いわゆる神頼みコーナーが大好きな私ですが、子供の願いなんか可愛いもんです。

「足が速くなりますように」
「算数が出来るようになりますように」

まあ、その子の家庭環境のきな臭さの煙で、涙が滲んだ
「お母さんがお父さんにあまり怒りませんように」
というのもあったっけか。

さて、大人ともなると神頼みの内容は真剣です。
時には会社経営だの、営業方針まで、占いに神頼みで決める社長さんもいると聞く……。
いや、宝くじシーズンも凄いですよ。
わが職場の大半の人が、季節ごとのジャンボ宝くじを購入しているのですが、その時期になれば

『西方向に黄色いグッズを置く』
『仏壇に供える』
『満月の日に祈る』

ありとあらゆるおまじない情報が飛び交います。しかも当たった人はいません。
それどころか「アイツには宝くじが当たりませんように」
など呪いをかけられている人もいるそうです。

そして、私も神頼み大好き。

何かあれば神頼み。

宴会場の予約から、ネタが浮かばない時まで神頼み。
イイですやん。人任せでなく、神任せ。
他人に願いを託すのは、他人様にとってははた迷惑な話ですが、相手は神様です。
京都へ行っては神頼み。
旅行先がキリスト圏であろうが道教であろうと、イスラム圏でも神頼み。

しかし、何故かヒンシュクをかっている私の神頼み好き。
自分の力はどうした! とよく怒られるのですが、まあ待ってくださいと言いたい。
神頼みをする以上、願いを叶えて頂くだけの行いを心掛けているのです。

悪い事は考えても実行せず、悪口や罵声も、のど元までせりあがろうと歯の裏までで止め、募金箱にいれるなら、必ず10円以上。そんな日々をちゃんとキープ。

しかし、前年ドイツのカトリック教会でうっかり柏手を打ってしまった。
それは神頼みどころじゃねぇよ。キリスト教に喧嘩を売っている行為だぞと、いまだに非難轟々です。
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駄文更新:大阪怪談
大阪怪談募集の情報を頂いたので、800字のものをせっせと3本書いて、応募宛先メールアドレスに送信。

応募資格不問、テーマは『大阪』 大阪に何らかの関わりがみれば可とするとのころ。
応募方法はメールです。

実はね、短編の方が書くのが好き。
特にこういうショートショートの方が話を『煮詰める』感があっていいんですよ。
頭の中に浮かぶ、何コマある話の映像の、どこの部分を残し、情報を整理し、煮詰めていく作業。

限られている文字数の中で、合理的に文章と単語を使い、どうやって読み手の頭の中に映像を浮かばせるか。
ちょっとゲーム感覚があります。

これは、塾に入って、ダラダラした「説明的文章」を矯正されたおかげでしょうか。
「頭の中に浮かぶものを全て描写せんでいい。ある程度は読み手の想像に任せろ」
かなーり指導されましたからねえ。

一方、長編は『組み立てる』感ですかね。
エピソードをブロックにして、どうやって積み上げていくか。
長編は、出来上がった時の達成感がクセになるな。
こっちは、心理描写をねちねち書けるし、文章で遊べる楽しみがありますね。

まあ、そんなことを考えながら、無事にメール送信完了。

しかし、メールは便利ですけど「ちゃんと届いてんのか?」と不安になりますねえ。
受付完了メールをくださるところもあるんですが、それならそれで

「文字化けしていたらどうしよう」
「向こうでファイルが開けなかったらどうしよう」

と、不安に駆られます。

これが仕事とかだったら、確認の電話や督促が来るけど、作品の投稿だもん。
何て考えているとキリがないし、お得意の被害妄想まで始まるので……

課題に取りかかるか。

とりあえず、文字数に余裕があるので、残酷描写をねちねちだ。

登場人物と名前
とっても悩みます。

当たり前ですが、特に長編に出す主人公の名前は悩みますね。
だって、一度つけたら最後、作品書き終わりまで変更できないもん。
性格とか、容貌のイメージとか、音の響きとか、全部ちゃんと考えないとねえ。
ちなみに、男女ともに中性的な美形は、名前もどちらかといえば中性的な方がよろしいですね。

短編はその辺り、大ざっぱです。電車のつり広告で決まったことがあります。
ずっと昔、どこぞの作家さんは目を閉じて電話帳を開き、指さした名前を使われていたそうです。おお、ナルホド。

しかし、殺されるキャラとか、残忍な目に遭うキャラ。
これは実にあっさり決まるのです。
アリがちですが、嫌いな奴、恨みのある奴の名前を拝借。

しかし、以前課題で殺されるキャラクターの姓が塾生さんとかぶってしまい、彼に怒られた過去があります。
いやゴメン、アナタに恨みはないのだ。
あるのは同じ姓の人格破たんのロクデナシだったのよ。
本当にごめんね。
その姓が、日本ではトップクラスに多い名前であるが故の悲劇……というより、気付けよワタシってもんですけど。

ですけどね、嫌いな人間の名前を使って、残虐シーンやスプラッタ場面を書くと、ノルのよこれが。
例え脳内妄想とは言えども、人間を苦しめるのは多少は気が咎めるものですが、これが嫌いな人間の名前を使うとねぇ。
ぜんっぜん気が咎めんわ。

うふふふふ、脳内を覗かれたら、強制収容所へ連行されるの間違いなしレベルの、残酷と冷酷、凄惨、あふれんばかりの血塗れアイディアが浮かびますねえ。

しかし、嫌いな人間、恨みのある相手なんか、人数はたかが知れています。
いかん、このままでは使い切ってしまう! そういう事で、嫌いな人の名前を、漢字を変えたり組み合わせを変えたり、もしくは似た音であるとか、その方法で何とかしております。

そして、ここまで書いて不安になった。

同じことを考えている人、約1名知っているのよね。
彼の作品中に、私とおぼしき『悲惨キャラ』が出ていたらどうしよう。










頭の中で、材料不足
本を読まず、映画なんてほとんど観ず。
別に、生きていくには困りはしませんわ。
でもね、何かを書くのに非常に困る。

何と言いますか、頭の中にいれてある、材料がない状態?
燃やすものがない、そんな風なんですね。
もしくは、パッチワークをしようにも、端切れが無い状態ともいう。
材料不足。何か書こうにも、頭の中が何せそんな感じ。

書こうにも、使える映像が残っていないんですよ。
映像が浮かばないとも言いますね。
頭に浮かぶ映像を、パッチワークのようにつないで設定やストーリーを考えるのが、私の方法。
同時に、浮かんだ設定やストーリーを映像に起こして、それを描写するのもあり。

書いているのがホラーだったので、観ているのも読んでいるのも、しばらくの間は映画も小説もホラーが多かったんですが、何だか妙に頭の中が偏っている状態。
例えるなら、話をつなぎ合せるパッチワーク用の端切れが、手元にあるのが全て、同系色のよく似た柄に偏っている感じですね。

他の要素の作品にも触れなくては! 反省をしました。
ジャンルに限らす、他の映像、もしくは材料を入れなくては書けない。
課題の外で書いていた作品の進行、終盤差し掛かったあたりで分かりました。
終盤、ストーリーはあるけど映像が浮かばない、という落とし穴にはまり、悲鳴を上げてしまったもんね。

先生は「絵が浮かばない?あらー、致命的。そらあかんな」とコメントされるし。
思わず「あかんはダメでしょ! 大丈夫とか何とか、気休め言って下さい、先生!」
と酒を片手に叫ぶ、飲み会午前2時。

書くこと、それは同時に読んで観る、でないと書けないことが分かりましたよ。

……と、言う事が分かったのに。

今週はまだ何も読めないし、何も観れない。
何故なら、あと1件課題外の作品が残っていて、そして塾の課題の提出週間。
やれやれ。
塾の裏側
合評。

オールスリーサイズ100ヒロイン、床を踏み抜いて穴にはまり、そのまま廃屋で放置。

場面は明け方のコンビニバイト青年たちの店番風景からスタート。

朝の4時、客もいないし仕事もない。だれているバイト青年の前に、奇妙な客がご来店。
ボロボロの姿に尋常じゃ無い目つき、まるでナイト・オブ・ザ・リビングデットのゾンビじゃないか……緊張のバイト青年二人。
案の定、ぶーな客、スリーサイズ100ヒロインはコンビニおでんにからあげくんにホットドック、店の中のものを食い荒らし、店を叩き壊す。
恐怖のどん底の中で、バイト青年たちは何とか自力で逃亡。

場面変わって朝の学校。
「今日もあの子、来ていないね」
心配するヒロインの友達二人に、クラスメイトが話しかける。
「彼女なら、朝の校庭にいたわよ……ボロボロの風体に、中学時代のジャージ姿で」
様子が変だと怯えるクラスメイト、授業が始まっても姿を見せないヒロインに、
友達二人は予感する。
「あの子、幼馴染にフラれんたんだわ」
「それでショックで校舎のどこかにいるのよ」

友達想い? の友達二人は考える。
こうなったら、かねてよりヒロインに恋い焦がれている特殊趣味の少年と、仲を取り持つことにしよう。
これであの子も分かっただろう、幼馴染だからといって、恋が必ず芽生えるわけではない。
確かに隣に住んでいたとしても、心は地球と冥王星以上に距離があり、温度差は溶岩と北極の氷なのだ。
ハンサムな幼馴染(人食い主人公)は、ツンデレなのでなく、本当にヒロインが嫌いなのだと、これでようやく彼女も気が付いたに違いない。


特殊趣味の少年とヒロインをメールで屋上に呼び出し、話をさせようと画策する友達二人。
それがSNSで拡散し、屋上に集まる物見高い野次馬たち。

かくして、惨劇の火蓋が切って落とされる……

「ハイ、次」
「………え?」
「次の展開行こうか、次」

そろそろ、人食い人種の存在が世間に知られる頃だろうと先生。

「そっから、どうするやな」
「……そうですね」

塾に通って以来、最大の危機が訪れる。
実は、この次の展開を考えていない……
ダメな接客・義理トーク
実は、店の人に話しかけられるのがイヤって人、多いんですよ。

「呼んだら来てくれりゃいいんだよ」
「聞いた商品の説明さえしてくれりゃいいの」
「愛想よく挨拶してさえくれればいい」

……もう、こいつらの接客はAIに任せとけば良いんじゃないか? と思ってしまいましたが実は私、髪切りに店に行く際、美容師さんと話するのが大嫌い。

オモシロイ話する人に当たったことありませんからね。

「お仕事お休みですか?」

見てのとおりです、そう言いかけたことは何度あるか。
見知らぬ人との義理トーク、実は苦手なのよ。
仕事トークの方がマシだ。それが金になるわけだし。

特に今日、酷いのにあたった。

「寒いですね」
「どこにお住まいですか?」
「お生まれはどこですか}

寒いですね、東京は初雪ですよと続けるのは良いが、それっきり黙り込む。
お住まいの場所を言ってやれば、ああ近いんですねとと言って黙り込む。
お生まれはどこで? と聞かれた瞬間、冥王星の南側ですと返そうとしたら、人の返事を聞かずに背中を向けて、道具を取りに行きやがった。

「……お顔そりと一緒に、フェイシャルエステはいかがですか?」
「たのみます」
「こちらのパックのほう、いかがですか?」

……キミねえ、パックいれたら1000円アップなのよ。
パックいかがです? それだけじゃなくて、このパックにはそれだけの価値はあるよと、アピールせんかい。
効果うんぬんより、客はセールストークという芸に金を払っているんだよ。

話のキャッチボールトセールストークが出来ないなら、黙って仕事しろ。

……しかし、これで『人間図鑑:接客編』の1ページにひとつのサンプルが追加されたわけだし。
こうして、ブログのネタにもなったし。
勘弁してやろう。
でもパックはしない。


怪談の肌感覚
アガサ・クリスティの短編にも、いわゆる『怪奇譚』がございまして。

古本屋で手に入れた「クリスチィ短編全集①」100円です。嬉しいですね、こうなると6巻全部集めなくてはと思います。
クリスティって、ミステリーだけではなく、冒険ものも怪奇譚もありますが、この人はホラーというより本当の「怪談」

まだ一冊すべて読んでいませんが、『第四の男』
話の運びに、描写が本当に怪談です。じりじりと背後から冷ややかなものが忍び寄ってくるこの感覚。正に怪談そのもの。

「第四の男」夜行汽車の中で、牧師と法律家と精神科医が、フランスで起きた4重人格の娘の話題が出る。
粗野で教養のない彼女には、4つの人格があって、人格そのⅠは、母国語も満足にかけずに外国語も話せない。
しかし、人格Ⅱは流ちょうなイタリア語とドイツ語を少し。フランス語は完璧で、政治や芸術を語り、ピアノも上手。
Ⅲは知的だけど、まるで娼婦のような女。そしてⅣはうすのろ。
3人それぞれの専門分野の見地から、4重人格の娘を語り合うところから話はスタート。

そこに居合わせた第四の男が口をさしはさむ。
自分はその4重人格の娘を知っていると。
「その一人の人間の経歴は、もう一人の人間の経歴でもある」
そして、そのもう一人の経歴をしらなくては、4重人格の彼女を何一つ知ることは出来ないと。

その人格転換は、乗り移ってくる死霊の因縁譚であるという運びなんですが、めっぽう怖い。
その第四の男も、退場がまるで幽霊のようでして、私のなかではベスト短編なんですね。
非常に曖昧で、つかみどころのない空気感。

怪談イベントを聞き、怪談本を読み、このクリスティの短編を読みふけりつつ、怪談を構成する『怖い』の一部はこれだなと、頭だけではなく、最近は肌感覚で分かってきた限り。

……で、書けるのかって?

さあね。

駄文更新
自分の書いた作品を、少し時間をおいて見直す、というのは『道路を横断するときは、まず左右を見てから』と同じくらい大事なことですが……はて、PCの画面上と紙に印刷したものと、目に入る感覚が違うのはどうしてなものか。

書いていることは寸分たがわず同じはずなんですけどね。

あと、横書き縦書きでも何だか違う。

うーむ。

自分との会話:叱咤編
思い出してもみたまえ。
最初はチラシの裏からスタートよ。
だってお絵かき帳って、滅多に買ってもらえなかったし。
ノートだって月々1,500円の小遣いじゃ、滅多に買えないよな。
勉強用って親に嘘つくのもなんだしさ。

それにだね、中学時代って結構忙しいのよ。
部活という無駄な時間に勉強という苦役にテストっていう精神的拷問。
まだ遊びたい盛りの可憐な少女が、そんな無為と苦行に満ち満ちた日々を送らにゃならんのよ?
そりゃあ、本と漫画に逃げるよ。
創作? ふむ、あの時代は創作よりも妄想と現実逃避が先でしたからな。

……短大か。あの日々も、どっちかといえば妄想と現実逃避かな。
書きたい欲はあったけど、テーマもないし、何書いていいのか分かんない。
意欲空回り時代ですね。

社会人……あの日は夢や目標よりも、まず自分で自分を食わせるようになれる事、そっち優先だったからなあ。
当時、プレイボーイ誌で人生相談をされていたキッス様のご回答に従いました。
アジアの島国の、男性用週刊誌の人生相談回答者というお仕事をしていた彼、世界的スーパースターが、そんな事するんかいなと、果たしてそれが本物のキッス様であったのか? 時が経った今、偽物疑惑が持たれていますけどね。

それで? 今はどうだね?

まあ、一応仕事はしているよな。しかも今のところ、残業ないし、昔とは格段に時間が出来たぞ。
チラシどころか、ノートどころか今はパソコン使っているだろ。
パソコンという文明の利器。消したりコピーして書き直ししたり、ノートと比べりゃ魔法の道具よ。
独りで作者兼読者をしなくてもいいのよ。今は投稿サイトもあるんですからね。
小説の投稿にしたって、今は郵便じゃなくてメールで送信ビュン! よ。
ああそうだ。金の心配も今のところ無いでしょうが。中坊の頃に比べれば、夢のような金額を毎月手にしているじゃないの。
まあ、いい年した大人の収入が、今だ月1500円というのはどうかですが。
……ここまで条件揃えてやったんだ。

書けるよなあああぁ?

取りあえず、自分を叱咤してみました。
人間というものは、安穏とした状況を手に入れたら、怠惰になるものなのね。

あっち側とこっち側
いえね、今までにも怪異はあったんですよ。

ダークナイト第一回は、あのお人形さんが声を上げたし(これは私ですら聞こえた)

何者かが舞台の床を下から叩き、半田あかりさんが舞台上で泣きかけた回もあったし。

私としても、何だかみょーに舞台脇が気になるんだよなあと思っていること、何回もあるし(気のせいだろ)

ですが、今までの怪異は、そうとはいっても、下手すりゃ全て気のせいだろうで済まされるものでした。
それがですね、ついに最近物理的にヤバくなっていませんかね?

思えば、夏の『怪談の魔』からヒートアップしていますね。
はっきりと声が聞こえたり、叩かれたり、極めつけは、人間には不可能な方法で、トタンぶん殴って曲げられるし。
原宿じゃ、長テーブル180度転倒。

怪談の魔では、聞こえてくる呻き声を録音しようとしたら止まったとか、相手さんはとりあえず、尻尾はつかませない。
あるが無きかの気配を見せて、濃厚とはいえども、形は残さなかったんだけどなあ。

ずっと昔、ある怪談本の中にあった話。(新耳袋でも怪談狩りでもない)
うろ覚えですが。
妙な写真を持っていると情報を得た作者は、その写真を見せてもらいに情報提供者の元へ行くんだけど、その家が原因不明の火事になって、写真も燃えてしまう。
誰かが言うのです。
「この世にあってはならない写真だったからだ」

こっち側とあっち側は、世界が違う。
明らかな干渉を行う事や、物質的証拠を残すことで、次元をつないじゃいけないんだろうなと想像していたですがね。
それが、明らかに緩んできてますよ、オイ。

これって、もしかしてヤバい事態なのかな。
面白くなってきたのかなあ。
週一回、怪異の総火元であらせられる先生のお部屋で、授業及び、夜明けまでの飲み会に参加している塾生たちの運命は!
彼らは怪異とは無関係でいられるのか?

と、いう訳で、魔よけグッズをネットで検索中。