陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
対人スキルとは

人様の事をあげつらう前に、まず私自身、己の人格を棚に上げていることを前もってお断りしておきます。


最近考えるのは、対人スキルは正に千差万別で、年齢性別学歴関係なし。

そして、人はどこで、人間関係を築くのに大切な、礼儀と他人に対する共感性、機知などを身に着けるのか? という点。


まあ、家庭教育もありますね。

ですけど、どこの家庭も、教育方法も育て方も、全てパーフェクトだとは思えない。

親子と兄弟の対人関係なんて、家庭という狭い世界でしか通用しないし、しかもえこひいきとか上下関係とか、純粋な対人関係というにはやや特殊なものが混じります。


学校? まあ、ここでかなり鍛えられるんだろうな。

同じ年頃だけど、友達にはそれぞれ別の考え方や価値観があること、そして先生からも『大人になるための価値観』を教えられます。

例え価値観や考え方は違う相手でも、好感を持ってもらえ、意見を聞いてもらえるは、人に対する礼儀や共感が武器だと、ここで学ぶのです。

読書でも、対人スキルを磨けますね。

ストーリーを追う事は、俯瞰的に人間や物事を見ることでもあるし、視点の切り替えによって登場人物たちの人間関係のパズルを読み解くことが出来るのです。


まあ、上級者編は職場かな。まさに人間のごった煮ですからね。

あらゆるパターンの人間に対応できる柔軟性と応用力が必要になってきます。

ですけど、対人スキルの基礎は家庭や学校生活から学んでいるはずですね。


……それが出来ていない人って、どんなものだろう。

暗殺者養成所育ちだの、傭兵生活を渡り歩いたとかいうなら納得もするんだけど、フツーの家庭らしいしね。

学校もちゃんと行ってます。

まあ、本も読んでいるだろうな


今まで読んだ本に、そういった教訓は無かったのか?

大抵、物語には主人公の生き方であれ、行間にでも、寛容とか戒めとか、教訓めいたメッセージが含まれているけど……


それなのに、どうしてソイツは、そこまで対人スキルを身に着けることが出来なかったのか?

心に深い傷でもあるというのか?

しかし、そんなことを本人に直に聞いたら、私自身が「対人スキルのないオタンコナス」になってしまう。


あああ、でも知りたい。

自分のオタンコナスを反省するためにも。

プレゼンの練習

日曜日、またも山に登っていました。


須磨浦公園からスタートし、西から東の六甲山縦走。鉢伏山から旗振山、横尾山から須磨アルプス、そして菊水山で下山。

朝の10時スタートで、下山が17時半。高速神戸に降りて帰ってきましたわ。


「もう山岳部に入れば?」


反・アウトドア連合の宴である、金曜日の飲み会の目も冷たい。

作劇塾ですからねえ。

おい貴様、モノ書くのが好きだから職業にしたいだなんて言っておいて、今になってモノ書きと山登り、どっちも同じくらい好きかもなんて何をほざくのさですよ。

下手したら異端者審問ですなあ。只でさえ、ビール嫌いという主張で色眼鏡なのにさ。


と、言う訳で、金曜日の朝まで飲み会・アウトドア異端者審問にかけられる前に、山登りの素晴らしさをプレゼン練習しておこう、と思いついた私。


「アレですよ、誰だって子供の頃、冒険ごっこしたでしょ? 自分たちの生活圏のテリトリーから外れた、山だの空き地だの探検しませんでしたか?」


子供なりの装備と行動食のおやつを持って、冒険していたスリルと楽しかったことを思い出します。

家から結構遠い場所、見知らぬ場所や公園の、自分の知らない風景が楽しく、そして未知の場にいる微かな怖さよ。

そして、一度その場を征服してしまえば、自分の遊び場のテリトリーが広がるんですね。


……で、大人になって、この山登りがその延長。


お気楽旅行と違って、装備が物言いますからねえ。オシャレよりも機能性。

吸水速乾が基本、重ね着基本。

揃え方には頭を使う。いつもと違う、ちょっとした緊張ですよ。

山中の行動食は何にしよ? 飲料はもちろん大事。疲れないためにはカロリーだけじゃなくて、クエン酸だのビタミンも必要ね。甘酸っぱい乾燥レモンなんてお勧めよ。

コンパスと地図は忘れたら駄目。

おお、明日の天気はどないかな。


そして山の中。

あれほど、子供時代に遊んでいた『冒険ごっこ』映画やゲームの中で見ていたそれに重なるものはない!

街中ではない風景。山中にどこまでも続く樹々と土、岩の世界は、うっかりすると迷います。

岩をよじ登り、斜面を滑り下りなんて、会社への通勤途中じゃまず味わえないわな。


それにですね、とどめは『登山すると、水が異常に美味い』

汗かいてるし、純粋な意味で体が水を欲しているのでね。

甘露とはこれか!! と思いましたもん。


山に登ってビール飲んだら、きっとその美味さなんか、頭脳労働の後の仕事明けの一杯ではない、もっと違った味ですよ。


「……てな感じでいくか」

独り頷く私。

それから、これも付け加えておくか。

「リアル・ナバロンの要塞ごっこですよ」

分かって頂けますでしょうかねぇ。



駄文更新

私信:SF担当殿


3月17日のブログ内容を拝見しました。


さては、賞に落選したのを良いことに、職場の上司におやつをたかっただの、出世したってセクハラもパワハラも出来ない職場なんか権力を握る張り合いが無いだの、文句を垂れ流してた私のことか!?


いいじゃんかよ、3月24日の飲み会でどっちが正しいか決着つけようぜ。


……ここまで書いて、気が付いた。

さて、決闘の内容は何にすればいいんだろう。

これなら彼に勝てますよ!! という勝負を思案中。



駄文更新

よくよくよくよく考えてみれば、我が作劇塾は『反・健全、健康的生活党』の人々です。


考えてみてくださいよ。

健全な思考回路を持つ人間が、小説だのシナリオだの書こうと思いますか?

フツーの市民なら、単なる想像や「ちらっ」と考える思考をわざわざ言語化し、ストーリ仕立てにした挙句、脳内構成して文章をつくってつらつらと書きなぐる人たちですよ。


大体ですねえ、筆頭塾長自らが「運動は健康に悪い」と言い放ち、暗幕と書棚によって、本来さんさんと降り注いでいた日差しをブロックしてマイシアターをお作りになっているんですよ。

金曜日は夜通し飲んで、カオスと驚愕、下品と高尚、話術のシュールレアリスムが展開されているんです。


そんな世界の中で『山登り』なんて趣味が受け入れられますか?

反・健全、健康的生活党の人々は、反・アウトドアでもあるのです。

白い目で見られていますよ。


それでも山へ登山へ行ってきます。


と、そう言う訳で、おやすみなさい。

私怨

私怨です。

いつもの上品さはありません、

善良なる方々の、気分を害する表現が多々あることを、前もってお断りし、お詫び申し上げます。



梅田はJR前の歩道橋や超大型電気屋周辺で、路上ミュージシャンの歌が聞こえるのですがね。

何であんなに下手なんだ。

どうしてあんな音程が狂った歌を、街中に行き交う不特定大多数の皆に聞かせようと思える?


音響機器の音は割れているし、有名バンドのコピーするなら、それなりの仕上がりを見せるか、それ以上の歌唱力を持ってからにしろ。

そんな禍々しいともいえるコピーで、歩行者の中に潜むファンからよく殺されずに生きて来たな。


同じ下手くそでも、のびたやその周辺の人しか迷惑をかけていない、剛田武くんよりひでえよ。

下手くそな小説は文章から目を離せばそれでいいけど、下手な歌はそうはいかないのよ。


取り締まってくれとは言いません。あれも一種の音響テロだとは言いませんし、自意識が暴走して己を見失っているぞこの音痴とも言いません。

人様の音楽的感覚を破壊するんじゃないよ、そんなに歌いたかったら段ボール箱の中に入って、ぼそぼそ口ずさんでろなんて、死んでも言いません。


ただ、路上で歌うにはそれなりの技量が無いと歌えないよう、審査する機関を設けて欲しいです。




課題を落として良い理由

まず、黒和牛のしゃぶしゃぶ用肩ロースが半額だったんですよ。

グラム1,000円ですよ!! それが半額!!!

買うでしょ? しかもアサヒポン酢が残っているんですよ?


で、赤ワインが残っていましてね。ボトル半分ですけど。

イタリアワインです、テンプラーニョって種の葡萄使っていてね。

軽くて好きなの。

しゃぶしゃぶには合うだろ。

しかも、夕餉のお供はルパン三世、イタリア編です。良いねえ。

ちなみにワインの銘柄は分からんので、使われている葡萄の品種で飲んでます。

おいおい、飲んだら書けないんじゃないのか?


ほほほ、これ以前に、日曜日を山で潰したので時間がタイト。

課題は無事に書き上げられるのかしら?

おお、洗濯もしなくてはね。


……と、言う訳で。


作劇塾の塾生として、提出課題を落とす理由として、最も許されるものを上げよ……と言われたら、どれなんでしょうね。


①酒を飲んでそれどころじゃない。

②書く以外の好きなことを見つけてしまった。

③洗濯していた


さあ、どれだ!?


ちなみに、作劇塾的に大目に見てもらえるのは『ついに意中の人と恋仲になったので、書いている場合ではない状況』だそうです。


がんばれ、皆さん。


モノ書きについて悩む

たった2度しか会っていないのに、何故あのひとの事がこんなに忘れられないのかしら……

たった2度、だけど2度も会ってしまった。私の記憶に深く刻み込まれたあの時間。

いけないわ、私には親の決めた許婚がいるというのに……


「なんて感じでしょうかねえ。私の登山。今まで一番物書きが好きだと思っていたんですが、それが揺らいじゃいましたよ。正に現・許婚と新しい青年との狭間で揺れる令嬢の気分。どうしたものでしょう、モノ書きと登山、私が本当に愛しているのはどちらなのか?」


ちなみにこの場合は、現・許婚は繊細なハンサムのお坊ちゃんで、飛入り青年は粗野なハンサムでサバイバル能力旺盛って奴でしょうかね、と付け足してみる。


「恋愛小説を書くセンスはないな」


そのアドバイスだけを残して、女性上司・主任は会議に行かれました。

有益だけど答えになってないです。主任。


しかし、これは少々考え込んだ私。

いい年をこいて、今までそうだと思っていた自分が揺らぐ、というのは、どんな形であれちょっと戸惑うものです。

気が付いてしまったの……もしかして、私は『あっちこっち迷ってウンウン唸る』四苦八苦した挙句『あー良かった、何とかなった』とバンザイするスリルとサスペンスが好きなだけか?

それであるなら、書くのも登るも何でも良いのか私!?


「まあ待てよ、とりあえず、モノを書くというのが自分にとってどういう意味を持つ事なのか、もう一度検証しようではないの」


そうですねえ、まず妄想から入る。

この散らばった破片をつなぎ合わせ、文章とストーリーで埋めて一つの物語を作る。

ふむ、この形を作る作業が好きなのよね。

そうそう、曖昧模糊とした場面を、文章化することで浮き彫りにする作業。

キャラクターの肉付けとか、その周辺の人々から集団、周囲の建物から街並み、どんな背景か設定を色々考えて、主人公を核にした、いわば一つの世界を作る作業。

ほほほ、つまりは造形主であり、創造主であるわ・た・し。


あ、良かった、ドキドキはらはら以外に好きな要素があったんだっけか。


なら良いや。

好きなことが増えただけだと安心。


山岳怪談の怖さ

山に登ってみたら、どうも性に合っているらしく、アウトドア用品店でボウッと登山用のウェアだの用品だのテントだのを見ている私。

まだ目新しい段階ですからね、これがまた楽しい。

それに、アウトドア用の衣服というのは街歩き用と違って、デザイン性よりも機能性重視。

やれ細身だのシルエットがどうこうより、足さばきの良さや湿気の逃がしやすさ、保温性などを追求しているわけですから、いつもとは違った視点で洋服を知るのです。

見る風景が変わるのは楽しい。


そして、当然山岳怪談も読みふける。

私の中では、安曇潤平さんの怪談がお気に入り。

作者の方が山男ですので、描写される山の風景が綺麗で緻密。

その美しい山も、数々の命を飲み込んできた魔性です。

日本アルプスなんて、標高自体はそう高くはないらしいですが、冬の登山の難しさは世界レベルらしいです。

本州のほぼ中央に、屏風みたいに重なっているので、山頂付近の気圧が複雑に絡んで天気を急変させるそうで。

行くなら夏にしておこう。うん。


私の怪談好きは「怖い」という感覚で遊んでいるわけです。

怪異が自分の生活に触れるか触れないか、ギリギリのところ。起こるようで起きない、でも起きても全く不思議ではない、そのリアリティを味わうもの。

でも、どうせ霊感無いからと、たかをくくっている部分もあるんですけどね。


ですが、山岳怪談は身に迫って怖い。

六甲山や摩耶山という、家族向けの山ではありますが、ふとした拍子に『異界』になる瞬間があります。

誰もいないはずなのに、気配に飲み込まれる感覚に襲われるのです。

普段では絶対にないこの感じ。

霊感もへったくれもない私ですが、妖怪も物の怪も幽霊も、地続きに存在しているこの空間なら、視えてもおかしくない、と思わせます。

読んでいて思います。あの場所でなら、この私ですら、さ迷える遭難者や転落死した人にすれ違っていても、不思議じゃない。


……すでにすれ違っていたら、どうしよう。

その時は……先生すみません。


怪談ネタを一つ逃しました。



はまりそうな予感

山を登って歩いていると、なんでこんな事をしているのかな、なんて思うのです。

歩きやすい道もあるけれど、そればっかりじゃない。

ガレ場といって、大小ゴロゴロした岩や石で路面は荒れている道あり、木の根っこが縦横左右に走っているので、たまに足をひっかけて転びそうになるし。

分かれ道を前に、どっちに行けばいいんかいな? と悩んだりします。

何せ山道だもん。道に迷っている間に暗くなったら、コトですよ。

焦るよなぁ。だって道に外灯ないんだもん。真っ暗よ。

山中で道に迷うのは、街中で迷う5000倍くらいの恐怖を感じます。

ちなみに携帯は『圏外』


それなのに、無事に山を下りてアスファルトの上を歩いていると、妙な寂寥感を感じるのです。

あの山中を歩くスリルとサスペンスと、孤独感が、振り返ってみたら楽しく思えてくるわけで。

それに、山の上から下を見る風景は、やっぱり日常ではまず見られない高さからの視界。

やっばいなあ、これって一種の刺激欲しさからくる中毒症状だと自己診断。


いや、別にいいのよ。中毒症状でも。

結構怖いのは、モノを書くよりも夢中になったらヤバいよな、という不安でして。

ああ、でもやっぱり山登りは楽しい。

あの、苦行と趣味が入り交じるこの楽しさ。次は六甲山から摩耶山を縦走してみようか……と調べていて気が付いた。

あれ、もしかしてこの感覚は……?


あっちでいいのか、こっちでいいのかウンウン唸りながら前に進み、たまに間違えて引き返し、そしてまた歩き出す……と。

道が悪くて苦労はするわ、そうかと言えばすいすい行けるし、目的地に到達したときのあの達成感よ。

そして、歩いてきた道筋を見返して『ふふふ、こんなに歩いちゃった』なんていい気になるあの感覚……あ、成程。

ポン、と手を打つ私。


山歩きの道中は、モノ書きの道中に似ているわ。


しかしそうなると、私はモノを書くのが好きなのか、それともウンウン唸って迷うのが好きなのか。

またも疑問が出て来たなあ。


とりあえず、山に登って己を見つめてみるか。


塾の向こう側

合評


スリーサイズオール100ヒロインの喰人の原因は、薬物によるもの……と思われたので精神科病棟に隔離されております。


精神科医、スリーサイズオール100の母親とカウセリングを行います。

精神的な病というのは、患者だけの問題ではなく、その家庭の在り方それ自体が病巣である、というケースもあるので、家族も呼んでカウセリングを行うことが多いです。

で、今回もそのケース、母親と精神科医カウセリングの場面からスタート。


やってきた母親、娘の起こした事件のせいで世間から好奇と敵意と嫌がらせの標的になっていまして、たった数日ですっかり精神病んでいます。

その様子におののく精神科医。


しかし、スリーサイズオール100ヒロインは、血液検査によって謎のウィルスが検出されていた!!

だとすれば、オール100の起こした喰人ブラッディカーニバルは、薬物使用、ラリパッパ状態が引き起こしたのではない、ウィルスによる脳障害。

そのウィルスを研究したい、患者をこちらに移して欲しいと、ある大病院から要請が来ます。


精神科医は、母親に娘を大病院へ転院させる書類を書かせようとします。

もうこんな喰人女子高生なんか、大病院の研究機関へ押しつけてさっさと手を切り、以前のように楽しい精神科ライフを送りたい。


次に行く病院なら、娘さんを治してあげられますよ。もっと面会も自由になります。

適当なことを言いながら、ボールペンを母親に差し出す精神科医……それにサインしようとする母親。


そして、母親は気が付く。

娘が転院する先は『警察病院』という事に……

娘を牢屋に入れる気か、と激昂する母親。

差し出されたボールペンを精神科医の眼球に突きつけ、娘を助け出そうとするのでありました。

そして、第二のブラッディカーニバルが始まる……


「明らかに精神病んでる風の母親に、ボールペン渡すのって違和感ないですか?」

「ボールペン目に突き付けられても、所詮相手は女やろ。なんとかねじ伏せることできるんちゃう?」


……うーん。

ここで何とかスリーサイズオール100を野放しにしないと、次の展開が難しい… 

「後、この舞台の背景は今、どんな状態になっているかちゃんと考えとかんとな」

と、先生のご指摘。


人喰い事件が起きて、世間は今どんちゃん騒ぎ。

その地元では、只今市役所や消防、警察に保健所の動きが妙だな……と、肌で感じている自治会長44才サラリーマンです。

彼は、自治会から出たスリーサイズオール100ヒロインの見舞金を持って、病院にやってきています。彼を待ち受ける悲劇とは?


……あ、待てよ。

当初の人喰いイケメン男子高生は今、どうしている?


「忘れとったわ」

「もう、いつの間にか死んでいたってことで終わらせましょうか」

「影が薄いどころか、もう存在感消え失せましたしねえ」


酷いわ、皆さん。


と、いうわけで、書き直し。

どうやってスリーサイズオール100を精神科病棟の監禁から脱走させるか。

そして、イケメン喰人男子高生に、どうやって光を当てて存在を思い出させるか?



うーん