陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
プレミアム……?

流石に社会人生活4000年も送っていれば、一つの行事や企画を決めるために、どれだけの書類や時間や会議を労するかも大体見当がつくんですよ。


頭の中を裏返し、脳みそぶちまけて脳髄崩壊するほど考え抜いた挙句、企画を考える。

さて、その企画を部下に提出された上司も悩む……実現可能不可能、経費の問題、人手と時間、そしてそれに見合うだけのリターンはあるのか? そして、この部下の企画を後押ししたとして、俺の立場はいかがなもんか? 


で、会議にかけられるんですよ。

直属の上司以外の、他の部署やお偉いさんの面々が、組織の利益とかそれぞれの部署の見地から、その企画が果たして可か否かを判断。

賛成意見や反対意見。反対が出るのなら、どうしてそれが反対なのか? 違う見方やリスクの回避方法は無いのかなど、膨大な書類や企画書を手にして、360度の見地から皆でいじくりまくり。


1つの企画を通すために、皆さまの脳みそと忍耐と涙と屁理屈が、どれだけ酷使されているのか……


で、それだけ考え抜いた挙句に出来上がったはずの企画というか、行事が本日の『プレミアム・フライデー第二回』のはずですけどね。


2月末は「何それ、食えんの?」

これで済みましたとも。

ですが、本日3月31日は期末ですよ。

一年で一番会社員が殺気立つ日ですよ。


仕事を早く切り上げて、プライベートタイムを楽しみましょ♡プレミアムフライデーよ 

この日にそう言おうものなら、間違いなく上司同僚部下に惨殺される……会社員98パーセントが身を持って知っている、もしくは骨に刻まれているこの習慣を、お役所は知らないのか?

いや、あえて無視しているのか?


このプレミアムフライデーという企画に、どれだけの労力がかけられたかは知らないけれど……


無駄だったな。


珍しく残業しながら思いました。








スポンサーサイト
駄文更新:成功体験……?

おーほほほほほほ


ぎりぎり間に合ったわ。

死ぬ気になるほどでもないけれど、重傷負うくらいの意気込みがあれば、物事何とかなるもんね。

と、言うわけで『やばい、今年も落とすかも』と思っていた締め切りに、何とか間に合って郵送完了。


いやはや、人は生きていくにあたって『成功体験』というものが不可欠。

何か壁にぶち当たり、それをもがきながら乗り越えた経験を持つことによって「諦めなければ何とかなる」という教訓と逞しさを身に着ける……とはいいますが。


ちんたらしていても、今回は何とかなったぜ。わーい、次は提出課題を書いたら、山に行くぜイェイ!

……と、行き当たりばったり的しのぎきったぜ体験は、果たして成功体験のうちに取り入れていいのか?


わずかに生き残っている良心と真面目心が、頭を傾げて苦悩中。


桜と屁理屈

そりゃ、世間一般では楽しいものと思われているけどな。

だけど、本当に花見は楽しいものなのか?


まあ、考えてみろ。

「桜の下で酒を飲む」その裏には、どれだけの労力と時間がかかっていると思う?

まず、場所取りがあるわな。

有名どころの公園なんて、朝早くどころか、前日の夜中からロープで場所区切りだ。

ロープで場所区切るためだけに、始発に乗りたいか?

しかも、場合によってはそこでシートを敷いて、宴会まで待機せなならん。

どんだけ暇なんだよ。しかも屋外で風吹きっ晒しの中だぞ。


そんな場所で、布団かぶって寝るわけにもいかん。

特別手当寄越せと言いたい。


それから、弁当食うわけだけど。

弁当の手配とか、酒の手配とか、大変だぞ。

いくらネットの時代や言っても、人数固めて、どれだけ必要か概算して、何を頼むかどこで買うかとか、その苦労から解放されたわけじゃないからな。

それに、おせちもそうだけど、実は冷めた食事って好きじゃないんだわ。

そもそも、食事って基本、作り立ての温かなものが美味いわけよ。

金くらい出すから、あったかいもん食いたいわ。

それにやね、地面の上にシートひいて、そこに直座りが定番スタイルやけど、座り心地ものごっつい悪い! 特にシートの下に、木の根があったら最悪。

桜の木の根っこ痛めるし、尻も痛い。


屋外でバーベキュー?

ホントに楽しいんか? あんなもん。

第一、風が吹いたら土埃が舞うし、紙皿は飛ばされそうになるし、雨が降ってきたらどないする? 

いいか? 風や雨を防ぐために、人はわざわざ屋根と壁を作りだしたワケだろ。

それなのに、なんでわざわざ好き好んで、原始的なスタイルに戻るんだ?


そして、一番でかい理由。

「花見をしたい」と提案する奴に限って、さっき言った準備とか場所取りとか、弁当の手配や酒、その苦労を率先してする奴はいない事だ。

おっさんに多いわ。


また、そういう奴に限ってなんも手伝わん。

人が準備したのにのっかって、酒飲むしか能のない奴やねん、ホント。

他人様の労力を、何も考えず食いもんにするしかない奴は、土に埋まって桜の肥料になっちまえと言いたい。


で、再度聞くが、花見とは本当に楽しいものなのか?

あの幽玄な妖しさ、花びらを風に舞わせ、散りゆく桜の美しさは認めよう。

しかし、花見と桜は切り離して考えるべきだと思うが。


自分も作家を目指しているのなら『花見は楽しい』それは本当なのか、裏をもっと深く読み、突っ込むべきだと思うが、どう思う?


……この屁理屈に敬意を示し、我が家に今年の花見はありません。

桜は見に行くけどね。



駄文更新

すいません、締め切りが押しています。

今日を入れてあと3日だというのに、まだ半分しか書けていません。

落としたらどうしようと想像すると、来年と同じ失敗を重ねるのかこのオタンコナスだの、自分自身を罵倒するがあまり、ブログにろくでもないことを書き連ねた挙句、ろくでもない思考迷宮に入り込んでしまいそうです。


と、言う訳で、今日は勘弁してください。


恋と犯罪すれすれ

先日、会社の営業の青年と無駄話をしておりまして。


彼の中学生時代のお話です。

好きな女の子がいたそうな。

下校時、彼女の後姿を見つけたら、帰りの方向違うのに、家まで後をつけていったとか。

彼女が落とした消しゴムを、素知らぬ顔して拾って自分のモノにしたとか。

誰もいない教室で、彼女の机に座ってみたとか。


「今にして思えば、結構キモいですよね」

切ないような、情けないような顔で話してくれた青年。

「いやいや、気持ちはよく分かります」

恋というのは、大人であれ子供であれ、人の理性のどこかをを狂わせる甘美な毒を持つものでしょう。それに酔うのも悦楽の1つ。

「特に片思いという甘苦しさ、慕情高まるがあまり、その人の持ち物を依り代として欲するのは、当たり前の事だと思いますよ」


そう、私もそうだった……昔の淡い恋を思い出した私。


あれはン百年前。同じワンルームマンションの1階の住人に、恋をした3階の住人の私……

「停電か何かで外に出た時に、初めて顔を合わせたのですが、まあどえらいハンサム、私の好みど真ん中。まつ毛が長くてちょっと線の細い美少年風」

「ほーお」

新聞配達して、奨学金もらっている学生さんでした。

私は勤労美青年に特に弱い……日ごとに恋心を募らせる私。

「それがですね、同じマンションなのに、なかなか会わんのですわ。まー当時私会社員で、あっちは学生さんだし……手作りお惣菜を持ってお部屋訪問とかなんて、恥ずかしくてとてもとても」


恋する乙女の本質は、小鳥のように臆病なのです。

「ああ、何とかもう一度、彼にお目にかかりたい……あの麗しい顔と優しいテノールボイスを聞きたいと、日々、彼の1階のベランダを見つめる日々でしたよ……全くそれなのに彼ってば……」


しくしく、思い出しても涙が浮かぶ。


「私の、この狂おしいまでの慕情をかきたてるがごとく、1階のベランダに、無防備に洗濯物干しているんですよ。ちょっと植え込みを越えれば手が届く場所に、彼の下着だの白いTシャツが……酷いと思いません?」

「うん、それは困った人ですねえ」


流石は想い人の消しゴムをがめた人だ。分かって下さると思いましたよ。


「彼の下着を盗めば、流石に変態です。私はぐっとこらえました。ですが、ある晴れた日に、彼は何と布団を干していたんですよ!」


あれは悩んだ……心の悪魔と天使が血みどろの争いを繰り広げましたね。

「彼を毎夜包みこんでいるであろうお布団……それはもう、依り代ではなく彼自身といって良いほどです。それが私の目の前にあるんですよ」

それ盗んだら、立派な変質者ですと突っ込む青年。別にいいじゃんと私。

「代わりに私の布団置いていく気でしたから」

「……自分の布団が、干している間に違う布団にすり替えられていたら、何だか底知れなく怖いですよ」

僕ならマンション引っ越しますと青年。


……そうね、と思い直す私。

あの時、マンションの前を近所のじいちゃんが歩いて来て、行動を踏みとどまったから、恋は淡く、はかなげな幻花として、今も思い出に咲き続けているのね……


純粋に、自分の好みだけで抱いた恋心は、あれが最後だったなあ。

今は『男は甲斐性(金)』という現実が加わったし。


追伸:先生へ。

先生のコレクションを欲している理由は、純粋な物欲です。

ご安心ください。






実は観察好き

優れた絵画を見ると、つくづく思います……画家の目の怖さ。

伊藤若冲の鶏やそのほか、スズメの絵を見ると

「そうそう、うちの文鳥のぴーちゃんもこんな動きするする」

と、思わず手を打つくらいの精密さです。

鳥の身のひねり方、首を回す仕草とか、カメラのない時代、動きを止めることのない対象物を、よくもまあここまで描写できるよと、その才能が羨ましい。


さて、漫画の才能も絵の才能もない私。

でも『観る』のは好きなんですね。

ベランダや家の門という、家の外にはみ出す『個々の家庭の顔』を見るのが楽しい。


ベランダは、洗濯もので家族構成がなんとなく見えます。

案外、ワイシャツは干していませんね。皆クリーニングに出すらしい。

衣類やタオルの柄、下着で大体の家族構成が見えます。

そして、門の前に置いてある自転車に補助座席があるとか、小さな自転車があるか。

これで子供がいるかいないか、見当がつく。

あ、門の前においてある植木鉢や庭木でも、その家の年齢層が大体わかりますわ。


これが実際にあたっているのか、創作の役に立つかどうかはとにかく、まあ、連想ゲームです。

観る、想像する、ある一定パターンや法則を発見する。

これが滅法面白いのよ。


ところで、私の好きな作家のひとりに林真理子さんがいらっしゃるのですが、この方の観察力には『おおっ』と膝を打つことがあります。

嫌な人間の言い回し方、口調の描写。手の動きや視線の動かし方。

登場人物に演技をさせろ、と塾で教えられていますが、その演技も、こんな風に人を観察していないと、無理だなと思わせてくれます。

全く、本の作者って、頭の中に人間図鑑でもあるに違いない。


ところで街中でよく見る法則の一つに『フリルひらひら、まるでアニメの魔法少女の衣装のようなファッションの成人女性は、髪の毛が腰まで長く、そしてノーメイクである』と、いうものがありまして。

ずっと観察し、考えているんですが、未だにその原因は分かりません。

誰か教えて。


塾のそっち側

合評


さて、前回

「どう見ても精神病んでいる奴に、いくら転院させたいからと言っても、ボールペンなんて尖ったモンは怖くて渡せんよ」

と、いうご指摘のため変更。

スリーサイズオール100ヒロイン母親は精神病んでるではなく、疲労困憊という事にしました。


娘が未知のウィルス感染の疑いがあるので、警察病院へ転院させられると聞いて、嫌な予感に怯える母親は精神科医に「娘と一目会わせて下さい、でないとサインしません」と懇願。

母親の猜疑心を緩めるために、彼女を特別室の娘の元に案内する精神科医と、看護士2名。


特別室で監禁され、ベッドで革バンドで拘束された娘を見た母親は取り乱すが、娘をひしっと抱きしめて頬擦り。

その時、ガブリと娘が母親の頬肉を喰いちぎるのであった! 慌てて母親を処置室へ連れて行く看護士。

そして、スリーサイズオール100ヒロインは、革製バンドの拘束を引きちぎって目を覚ます。

驚愕の精神科医と看護士!


そして、ヒロインから逃げ出した二人が、病棟の廊下で見たものは?


その頃、サラリーマン自治会長は、自治会から出たヒロインへの見舞金を持って病院を訪れていた……


「もう、主人公は44才サラリーマン自治会長でよろしい」

このまま次へ行け、と先生。

次の章で展開予定の、自治会長の災難をえらくお楽しみにしていらっしゃる。


「リアルは大事や。思えば前回の80年後の軍人なんか、全然おもろなかった。ひたすら顔が良い事のみを描写して、軍事行動に全く深みもリアルも無し……その点、くそ真面目で文句たれのこのおっさん、どこにでもいそうやもん」

「それは良いのですが、当初のイケメン人喰い男子高生をどうするか……」

「もうええやんけ。存在忘れとったわ。殺しとけ」


……そう言う訳にもいけませんよ。

まあせっかくですから、また家出して頂いて、人食いの旅でもしてもらいましょうか。


それにしても『知っている』というのは、想像力を広げるよなあとつくづく思う今日この頃。

思えば、自治会なんて出そうと思いつけたのも、周辺で自治会でえらい目に遭った自治会長を知っていたからだし。


ありがとう、数年前、周囲の老自治会員の自己中っぷりにキレて、私へ散々愚痴を垂れ流した自治会長。まさかあなたの一年間の不遇の日々が、塾の課題に役に立つなんて思わなかった。


人の不幸って、角度を変えるとどこかで役に立っているものなのね……



塾の当日:駄文更新

私信:作劇塾の皆様へ。


皆の課題を読みながら、ある時は己の提出課題を書きながら、いつも思っているのですが、飲み会の酒の肴は今回も『焼き鳥』で良いのでしょうか?


言い出しっぺならぬ、最初に買って持ってきたのは私ですが、そろそろ焼き鳥の日々が連続一年半に差し掛かろうとしています。手抜きの感がしているところです。


先生は夏であっても、焼き鳥の為にか、炭をずっと買い足していらっしゃいます。

今のところ、皆さまからの『飽きた』という苦情も聞いていません。

別に私も嫌いじゃなく、むしろ好きですが……


ここまで書いて気が付いた。


マンネリっていう文句も来ていないし、先生も炭を買い足していらっしゃるわけだし、それなら変に気を回して悩むことはないな。

じゃあ、今週も焼き鳥でいくか。


しかし業務用スーパ―、廃盤になっちゃったネギマの焼き鳥を復活してくれないかなあ。



山と趣味と金

人生を楽しむためには趣味と金が必要。

いえ、私自身にとってはの真実ね。これは誰が何と言おうが譲れん。

私の趣味には、金が要るのです。ポット収集、ポット1個にン万円かけ、周囲からは呆れと嘲笑を通り越して拍手喝さいの渦。


そして私が、新たに手を出したのは、山登り!


そんなもん、古いTシャツ着てジーンズ姿、スニーカー履いて歩いとけと言われそうなものですが、ところがどっこい、山道を甘く見るな、です。

岩場はあるし、木の根は張り巡らされているし、土と枯葉と泥まみれ。

時には沢の水の中に足を突っ込むこともある。

普通のゴム底スニーカーでは恐ろしいことになります。


先日六甲を縦走していたのですが、目の前にいたのはジーンズ姿のうら若きお嬢さん二人連れ。

山でジーンズ姿、それだけならまだ良いけれど、靴が普通のスニーカーで、登山用ではなかった。

登山用と街中用スニーカーでは、裏底が違うんですよ。超簡単に説明すると、登山用は滑りにくいように出来ているし、底の厚さも違うから、衝撃が少ない。


案の上、下りの岩場で何度も滑って転びかけていました。

大丈夫かいなと、後ろから見守る私に彼女たちは「すいません、先に行ってください……」

はい、ではすみませんねと、岩場の下りをチャカチャカ移動する私。

……しばらくして、背後からお嬢さんの悲鳴と人々のざわめき。


おい、大丈夫か……思いながら先に行きましたけど。


脱線した思い出話を元に戻すと、山登りは装備が高い。

しかし、はまってくると、良いものをそろえたくなる。

物欲が出てくるんですよねぇ。最近気になっているのが、フランスのメーカーで『パラブーツ』のトレッキングシューズでアヴォリアーズというシリーズのもの。


普通のトレッキングシューズと違って、シルエットはやや細身のスタイリッシュなもの。

素材もオイルレザー使用で、堅牢性ばっちり。傷の1つや2つ、勲章のように味わいが出てくるブーツ。


お値段68,000円


「……一番金のかからん趣味は、何だろうね」


衝動買いしたノースフェイスのマウンテンパーカー¥28,000也を見つめながら、呟く私。

あ、これ以外にもトレッキング用に色々買ってますからね。

靴も買ったし、ズボンも買ったし、おフランスのメーカーのリュック(可愛い)も買ったし。

一言いえば、高けぇよ山登り。


……読書って、言うほどお金がかからないよね。


思わず遠くを見る私。


せいぜい1,000円もあれば良いもん。

それに、図書館も……


ここでハッと気が付く。

どうもすみません、皆さん。


山と物書きを天秤にかけるわ、図書館だわ。

二重の裏切りをするところでした。




対人スキル……

昨日の続きの内容です。

したがって、今回も己の人格や対人スキルは棚上げします。

でなきゃ、何も言えないじゃん……て訳で。


さて『対人スキル』とは、家庭教育よりもどちらかといえば、価値観の違う他人や友に混じる間に身につくもんだ、という書き方をしています。


まあ、そうだろうな。

家庭という狭い世界で仲間外れって、あるにはあるけど生命の危機にまで発展することって稀だと思うの。

だけど、学校なんかで仲間外れって、生命の危機に限りなく近いですからね。

下手したら、社会的生活の死といいますか、簡単な言葉で言えばイジメです。

そうなると、対人スキルを磨くのも熱が入ると思うの。良しあしに関わらず『集団の空気を読む』『みんなが見ている娯楽や情報のチェック』もその一環でしょうな。


そして、読書やアニメ、映画にも、このテーマはあふれているよなあ。


実は「友情」「仲間」というテーマを前面に、これでもかというほど押し出した作品はそんなに好きじゃないんですが、それでもこの要素無では、ストーリーが成立しないのもまた事実。

「裏切り」も友情の裏テーマだし。

あ、恋愛も対人スキルの代表だな。そうなると、私の持っているブルーレイの中で『対人』要素が含まれないストーリーを探してみると……ああっ「世界の車窓」しかない!!


まあ、そう言う訳で、ふつうに生活していれば、娯楽にすらも、対人スキルという床を磨くタワシとなるのですね。


はて、ソイツは何故、それが磨かれていないんだ?


昨日に引き続き、私は考える。


本は読んでいるよな……下手したら、私よりも読んでいる。

しかし、それが身についていないというのは、彼にとって『読書』とは何なんだ?

人のお説教にはむかついても、作者が読者に向けて発するメッセージは受け取れるはずだがな……何せ、その作者が好きで読んでいるんだからさ。

心を動かされなければ、本など読まないでしょう。

まあ、絵空事といえばそうでしょうよ。

物語の中で主人公が己の愚かさを知り、その反省によって劇的に状況が変わったとしても、現実ではどうかなというもんです。

現実は現実。物語の主人公や話の流れは、所詮は作者の脳内で作られたものですからね。

でもさあ、作者の脳内妄想は、体験や見聞録という現実ベースがあって作られているのよ。


じゃあ、ちょっとは心に染みるものはないのか?


そして気が付く。

彼らには、その『友情』『仲間』というテーマに対し、単なる娯楽、ストーリーのスパイスとしてしか感じていないのか? という事を。


ふむ、納得。


ちなみに『変人』は『対人スキル皆無』とはまた別の人種であります。

私の知る『変人』は、確かに思考回路が独自のオリジナルで、自己申告によると友人は少ないの事ですが、周辺に嫌われてはいない。


変人だから、嫌いなのではない。

嫌な奴だから、嫌いなのである。

基本はこれだな。