陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
駄文更新:ストレスチェック

会社が、全社員対象で『ストレステスト』を実施しまして。

ウェブに入り、設問に答えながらストレスを測るものです。

そのデータは恐らく会社のしかるべき部署に行くのでしょうが、いやはや、それをどのように活用しているのか、聞いたこと無いぞ。

ストレス過多の社員の元に、慰めのメールだのよろず悩み相談ご案内の話が来ることもないしさ。


まあ、働いて金もらっている以上は、ちゃんとテストを受けますよ。

えーと、職場の環境はどうですか……ええと、トイレの温座のスイッチ切って下さい。暑いがな。

仲間とコミュニケーションは取れてますか……まあね。派閥が無いのが、ここの最大の長所よ。

上司とコミュニケーションは……おや。

……目の前に座っているは、我が女上司・主任。

目が合う。

「……どうでしょうか? 私たち」

「キミと話がどんなに趣味に合わなくても、話はしているでしょうが」

「確かに、見解の一致をみたことは無いですが、話はしていますね」

「どんな果てしない平行線だと分かっちゃいるけど、話はしているでしょうが」

「不毛な会話ですが、まあしてますよね」


……しばしの沈黙のあと。

負のコミュニケーションという形では、とれている。


テストには『とれてる』に丸をしました。

所詮、表面的なモノしか分からないものね……テストって。







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書く時とテンション

話を思いついた時、その中身が脳内に広がってストーリー妄想は爆走、かなりテンションは高くなりまして。

おおっこれぞ名作! なんて自己陶酔一色で書き始めるんですね。

ですけどねえ、妄想の脳内映像でちゃんと具体化して、フィルムをつなぎ合わせるようにして編集して、一本の話を作ろうとすると、妄想から抜け落ちちゃっている部分や矛盾点などが出てくるんですわ。

それをうまい事穴埋めし、補完し、つなぎ合わせないとちゃんと話にならない。

……そうしているうちに、テンションが落ちる。


そうしているうちに、小休止とか何とか理由をつけて、目先の提出の必要のある課題の方へ、逃げちゃうんだよなあ。

山に逃亡するのよねえ。


……いかんなあと、中断したままのSFラノベホラーを見ながら悩む。


ああ、この感覚、何かに似ているわねと思っていたら『冷蔵庫で賞味期限切れのオカズを発見し、t食べられない事もないけど、食べていいのか捨てるかどうか、悩んでいる気分』に酷似しているわ。


でも、これって賞味期限ないしねえ。

うーん

久しぶりな塾のそっち側

インプットの授業です。


久しぶりですねえ、皆さん……夏バテ続出の世間ですが、いかがお過ごしでしょうか……とあいさつをする前に、一気に話はどんちゃと突入。


アメリカと北朝鮮の動向から始まって、SNSとの関わり方や、物語の作り方から定番とお約束、そして怪談と夏、そしてカナザワ映画祭の話とヒートアップ。

そのシュールな話の変化と、中身の濃さは再現できないのが残念です。

と、いうか授業はライブの熱気と、会話のラリーのライブ感がスペクタクルとナンセンスとスピーディさを感じさせるものでして、文章化しても、その場にいる体験はそうそう表せそうにない……まあ、そういう事です。


ですけど、作劇塾でつくづく思うのは『会話内容』が違うな。

さすがはクリエイター志望と、面白い物愛好者集団。


全てが『人をどう面白がらせるか』をベースに語ります。


例えば『私の休日』を語るとしよう。


世間一般でありがちな「私の休日報告」と「私の休日物語」の違いでね。

まあ、つまり『先週土曜日にどこそこへ行って、何ちゃんと会った。楽しかった、ハイ、その時の写真見てちょうだい』

まあ、はっきり言おう。

私の知らない何ちゃんと、キミが何食べて遊んだなんて報告、どうでも良い。

何ちゃんと私? 誰だよこの人。

昼に何を食べたとか、何を買い物したとか、正直全然興味ないです。

興味はない報告は、面白くない。

それとも何かな? 他人は皆、キミの事に興味津々とでも思っているのかい?


しかし、流石に面白い人間とは、話の語りが違う。

観たモノの内容やその周辺の描写で、聴者の想像力を刺激し、その体験時の己の驚愕や、呆れなどを生き生きと描写、そして結末を笑いと共感に持って行く。


物語と報告、どう違うかって人を楽しませるか否かが違う! この違いはでかい。


そういうわけでした。











山へ逃亡

ここしばらく、山へ登っておりませんで。

そのせいで、山と渓谷読者モデルへぶーたれるほどに心を荒ませ、禁断症状を起こしたことを自覚した私は山へ登ることにしました……六甲山です。


やっぱり、山って楽しいですなあ。

川の流れを遡行し、流れの中をざぶさぶ歩いて滝に取りつき、水しぶきを浴びながら岩登り。

これぞ大人の水遊びですよ。

ふふふ、私の登山靴はゴアテックスの完全防水で、ズボンのメーカーはマムート。スイスのロッククライミング用ウェアのメーカーだから、丈夫さは折り紙付き。


ずぶぬれになりながら、楽しんでおりました。

山に登っていると、おやつ持って『脳内冒険』へ出た幼き日の事を思い出します。

それにしても、やっぱり喉が渇きますね。

9時から12時までの午前中で、水を2リットルかぶがぶと消費しましたわ。

それにしても、沢の水って美味そうに見えますな。

陽光を跳ね返し、川底を清らかに見せる清流を見ていると、飲みたくなった私。


いやまて『大腸菌うようよ』のリアル六甲の水の思い出を忘れたか。

今回、水はあるぞ。合計3・5リットルも持参してきたじゃんかよ。別に切羽詰まってなし、川の水飲むって、それはいわゆる拾い食いの一種に近いぞ……そう思ったんですけど。

 

いやー、手ですくった水って、やっぱ美味いね。

飲みました。まあ、前回もお腹壊さなかったし。


立ち上がった私。気が付くと、横の場所に、幼稚園くらいの男の子がこっちを見ている。

日曜日に、家族でレジャーか。楽しいだろうな。じゃあね、ボク。

立ち上がり、男の子に愛想を振りまき、川の向こう岸に渡り終えた私の耳に、突き刺さるは女性の悲鳴。

「こら!●●! だめよ、川の水飲んじゃ! お腹いたくなるわよ!」

ダッシュで逃げる。


少年よ、キミの胃腸ではまだ生水は無理だ。

大人の真似をするなら、大人になってからにしなさい。


ちなみに、私の腹はやっぱり大丈夫です。







駄文更新

先週お休みの授業、久しぶりの朝まで飲み会!

濃い、濃すぎるわ! 焼肉のたれに浸したカレーの素を食べて、カルピスの原液を飲んだような内容!

……さて、明日は山に登るか……


早起き出来たら登ります。出来なかったら映画へ行こう。


すみません、もう激ネムです。

書きながら一度気を失いました。これ以上は無理です。

また明日……



お約束をどう使う?

定番というものは大人気。たとえ最新流行を身にまとったとしても、一部では取り入れるべきもの。

安心感、長い間愛されてきたもの、ゆるぎないものとか、不動の地位とか、そんな感じですねえ。

しかし、それで全身を固めて着こなしてしまうのは、上級者。

下手すりゃ「野暮」となります。安心感というものに寄り掛かってはいけません。冒険しないと、上級者の道は険しい!


……と、これはファッションのお話。


えー、作品ですね。


よく出来たものは「お約束」という話の定番を、うまく使いこなしていることに気が付く。

斬新だけど、よく読めば定番、もしくは黄金パターンですわ。

もしくは黄金パターンの中に「斬新」が潜んでいる。


そして『型』

いくつもの形がありますね、例えば探偵小説の主人公タイプ。推理能力に特化したあまり、社会的不適応者で家事無能とか、自信家のひねくれものとか。

私立探偵は、極端に禁欲的か女好きか、いやあああな過去があるか。


まあ、気弱で極端な神経質で、腕っぷしも弱い探偵は海外ドラマの「名探偵モンク」くらいしか思いつきません……あ、彼は不適応者型か。


作品を作る上で、その『お約束』『型』を使いこなす必要がある!

……と、つらつら考えている今日この頃。


ああああ、虚無的性格のイケメン人喰い男子高生と、客観性皆無のスリーサイズオール100ヒロインと、クソ真面目で文句たれの自治会長サラリーマンなんて、どこに型を探せばいいんだあああ!


悩んでます。






凝りもせず、逃避準備

我が上司・主任は「ヘタレが出来る遭難など、たかがしれとる」と見抜いておられますが、作劇塾のインドア集団からは「いつかクマに遭遇」「いつか滑落」「いつかイノシシにはねられる」と予言を頂いています。

まあ、夏だしね……ちょっと山登りは控えておこうと、実は思っていたんですが。


金沢の在来線に揺られ、広がる田んぼを前にしながら、見てしまうのはその背後にそびえる山々。

図書館へ行き、遭難事故を調べて戦慄し、本屋では山登り雑誌に手を伸ばしていました。

ちっ、流石に雑誌の表紙モデルは楽しそうね。


笑顔で映る雑誌の写真のモデルに「呑気に山に登っているようですが、キミはカエルに遭遇した事があるのか、紫外線は怖くないのか、大腸菌うようよの川の流れに何を思うかね?」 などど、内心ぶうぶう文句をつける。


あ、やばい、これは禁断症状だわと気が付きました。

会ったこともない、善良な職業人・山と渓谷のモデルさんに理不尽な八つ当たりなんて、この人格者の私らしくもない!


まあ、そう言うわけで、精神衛生上の理由と、己の人格を高レベルに保つためにも、日曜日に登ることにしました。

ここまでくれば、いっそ作劇塾に山岳部でも作ろうかしら。

運動しなきゃとか言っている塾生の皆さんへ。

山登りは 究極の有酸素運動よ。一日や二日遭難したって死にはしないわ。


どうだい?

駄文更新:六甲山恐るべし

朝、少し涼しくなってきたことだし。

日曜日は、気温が少し低いし、曇りっぽいし。


さあ、己の歩む道を考えるためにも、体力づくりにも、会社の定期健診の言い逃れ(医師から生活の聞き取り調査があるんですわ)のためにも、日本アルプス逃亡まえの足慣らしのためにも、近所の山に逃亡よ!

ところで、山の日のニュースで驚いた。

六甲山って、今年に入って遭難者30人以上ですってね。

恐るべし、神戸市民の憩いの山!

……あそこ、登山口もコースも、子供から上級者まで、バリエーション多いからなあ。

結構、秘境っぽいところあるし、と遭難の思い出を振り返る私。


そういうわけで、次の遭難に備えて羽根田治さんの『ドキュメント・道迷い遭難』『山の遭難・あなたの山登りは大丈夫か』を読書中。


『恐怖』の楽しみ

会社に出勤。

カナザワ映画祭参加のため、1日有休をもらっておりました。そう言うわけで、お土産を配る。

キティちゃん北陸デザインチロルチョコです。

「こりゃありがとう」と、我が女性上司・主任。

カナザワ映画祭、テーマは『宇宙怪談』なんだそれはと出発前に口にしていた主任です。

まあ、怪談にも色々あるんですよ。MIBとかね。

怪談とは幽霊ばかりではありません。怪異ですからね。

日常という確かな土壌に、ぽっかりと開いた闇と落とし穴っていう奴でして。


「……んで、キミは金沢で独り宿泊して、幽霊にでも出会えたの?」

お盆だからねえと主任。

「死者が現世に里帰りの期間、海辺のホテルで独り宿泊……部屋に何かが出ても、おかしくない状況ではあるじゃん」

「ほほほ、抜かりはありませんよ、主任。ちゃんとベッドや机の下、冷蔵庫の裏までチェックし、お札が無い事を確かめました」

幽霊が出る客室の都市伝説ですね。

ちなみに、ベッドの敷布団の裏も見たわよ。

「しかも、私はウルトラスーパーデラックス・ミラクル霊感不能体質。去年のお化け屋敷のバイトで、見事それを証明しました。ばっちりですよ」

「……なんでそこまで怪談好きでありながら、本物を見たくは無いのかねえ」

首をかしげる主任。


そりゃそうだ、見たくないよ。

いいですか? 相手は死人ですよ? こっちの論理が通用しない、コミュニケーション不可能な相手で、別にこっちは何もしなくても、遭ったというだけで祟りとか呪いとか、遠回しなやり方で危害加えられそうだし、かといって実体無いから物理的喧嘩が出来ないし、しかも場合によっては、見るだけでも心臓に悪い。

しかも御祓いという騒ぎになったら、いくらお代がかかるやら。


しかし、怖い、という感情を疑似体験するのは、楽しいの。

よく出来た怪談とかホラーって、本能的な部分を冷えさせる感覚、当たり前の日常がまがい物に見える錯覚、己の世界に対する不信感という不安を引き起こすんですよ。

その『恐怖』を娯楽にする、この歪な楽しみよ。


「あのさー、それってこういう事かね、暖かな暖炉の前で、半袖でアイス食べてるとか」

「……」

「ガンガンに冷房を効かせた部屋で、ぶ厚い布団かぶって寝るとか」

「……」

何故か言い返せなかった。


主任へ。

もう少し、高尚な例えは出来ないものでしょうか?


カナザワ映画祭!

よく考えたら、生まれて初めて映画祭というものに参加したかもしらん……と思い返す私。

一つのテーマに沿った映画作品を連日上映、そしてゲストをお招きしてトークイベントというお祭りですが……おお、10月は京都でえろとリョウキをテーマに映画ですか……参加しましょう、変装して。


結局、観ることが出来たのは4本だけです。ほぼコンプリートしたSF担当兄弟子の得意げな顔が目の前にちらつきます。

そして映画の感想は……『やっぱり、濃いわ』

結末がシュールなモノから、バッドエンドまでありますが、流石はカナザワ映画祭出品作品。聞いたことないタイトルとか、普通の映画館では観られない作品ばかり。

その中で、流石はプレミアム上映!高橋洋監督作品『霊的ボリシェヴィキ』です。

高橋監督は、『女優霊』『リング』の脚本を担当された方です。

前衛的ホラーでして、どこにクトゥルー神話要素……と思ったんですが、異世界から何かを召喚するという世界観からでしょ、というお答えアリ。ああ、なるほど。


乾いた風景の工場のなかで、心霊実験を行う男女たち。

霊能者とその助手の前で、実験に選ばれた4人の男女は、一人一人『人の死に触れた』体験を話す。

死刑執行前の受刑者のこと、己の見た不吉な夢の内容が語られる中、ヒロインが語るのは、神隠しに遭った経験と、その後に起きた母の不可解な行動について。


観客は、その実験の目的は何かを探り、実験は成功するのか? その先はとドキドキしながら観るのですが……この前半部分『人の死に触れた被験者たちの話』が秀逸でして、実に良質な恐怖と怪談なのです。過去、何度か怪談会に参加した私ですが、これは怖い。

語り口が絶妙。


後半、最後の被験者が語る、人の死に関する己の所業。

そして話は一気に緊迫した空気に向かいます。実験が進むその先は?


結末は……いやん。そう来たか。

2018年公開です。もう一回見に行こうかなと、そう思った映画です。


ああ、それにしても、この張りつめた空気と、いつ切れるか分からないロープの上を歩かされている気分。この疑似体験をさせてこそ、ホラーの腕ね。

映像と文章は違いますが、この感覚をどうやって表すのか?

珍しく考えた私ですが……

「今書いている課題小説は、もう無理ね」


人間、切り替えが肝心。


そして映画祭の心残りは……黒史郎さんにせっかくお会いしたというのに、言葉が出なかったこと。怪談本、結構な冊数読んでいるのに……あのビジュアル的な厭さ加減漂う怪談、好きなのに。

間違えて、黒木あるじさんの本の話でもしてしまったらどうしようと恐怖するあまり……ああ、人にとって、失敗の恐怖は巨大な心理的エネミーね。

福澤徹三さんも好きなのに……怪を訊く日々から、短編集まで読んでいるのに……任飯シリーズをまだ途中で読み切っていないことが心理的ブレーキになってしまった……。


この失敗は次に生かそう……失敗を恐れてはならないと、金沢の帰り、駅弁二つ、チューハイなど腹に納めながら、反省しておりました。