陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
塾の当日

幸いなるかな、脳内で造り上げた神の祭壇を作る前に、何とか課題作を書くことが出来た。


あー良かった。

毎回のことながら、ギリギリの崖っぷちに追い詰められて、カンダタの救助に使われたクモの糸が目の前に垂れ下がり、そのおかげで何とか課題を提出しているわけです。


毎回ですよ。

これはもう無理……課題を落とす……いや、負けるんじゃない、自分を信じるんだ!!!とか独り奮闘、そして窮地脱出です。

そのギリギリの中で見えた展開とネタ……いえ、光明がどんな救いとなるか、それが見えた瞬間の多幸感は、なかなか味わえるもんでもないと思いますわ。

あ、恋愛は別ね。あれは崖っぷち感ではなく、自家製脳内麻薬栽培ですけどね。


追い込まれた状況を切り抜けたあの爽快感、そして次へと続くサスペンス。

それが二週間に一度は味わえるのです!!!

クセになりますよ。


……まあそういうわけで、無事に課題が提出出来そうなので、塾の勧誘もしてみました。


まあ、そういうことです。



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塾の前日

毎回毎回、課題提出の週は頭を抱えてゴロゴロ転がり、展開やネタに悩む。

ジンクスに頼って神頼み、もういっそカキモノの神を祀る祭壇でも作ろうかと思い詰める。


……そこで、はたと気が付いた。

塾の教室でもあり、塾長の住処であるマンション。

机の引き出しの中には、読者の方やそのほかの人たちから贈られた(?)心霊写真が詰まっているという。

そのご自宅ですが、使っていないガスに反応して警報機が鳴り響き、下のロビーをすり抜けて、玄関口のチャイムを押す謎の訪問者。


塾長のマンションがそうなのです。

塾生の私が自宅で祭壇を作り、変な何かを召喚したら目も当てられない。


思いとどまりました。


人間、思い詰めるとロクなことを考えないけれど、私の場合は二週間に一度、それが訪れる。

今回は踏みとどまったけれど、次回も踏みとどまる自信がない。

やれやれ


短文更新:書く儀式

白状しましょう。課題小説がスラスラ進んだことはありません。

自分で選んだテーマ、自由課題のはずだけど、己の脳内妄想だから、設定も世界観も全て思い通りのはずなのに、合評で『ススメ』と言われた時に襲われる、あの焦燥感と追い詰められ感は、何ででしょうな。


朝の10時、ここに入ればネタが浮かぶというジンクスを、自分で勝手に作った会社のトイレに立てこもり、以前、ここを歩いてアイディアが閃いたという経緯を持つ道を往復し、想像力を高めるというパワーストーンを、穴が開くほどじっと見つめる。


……と、いう儀式を毎日繰り返して、ついに水曜日。

まだ浮かばない。

明日までには書き上げないとタイムアップ。


果たして、今回もジンクスで救ってもらえるんでしょうか……

光と影:落ち込んだってそんなもん

大阪てのひら怪談、佳作受賞、中野さん!!!


前回に続き、二連覇ですよ。目出度いですよ。

中野さんについて、嬉しい講評を聞いてまいりました。

『文章が綺麗でけれんみが無い』『すぅっと読める文章』

その通りです。私は中野さんが入塾した時からの作品、読んで知ってますもん。

文章が川の流れのような綺麗な文体で、クセが無い。

描写が鮮明なんですわ。

分かりやすく、的確な情景が彼女の特徴です。そりゃ二連覇もするわな。


そして、光あれば闇アリって事で。

はい、今回も私は落選よ。

落選した事だし、心に暗闇を抱えた荒んだ日々を送ってやろうと、意気込んで出社し、今度こそ世間の同情をかって、飴玉1つでも貰おうと思っていたんですけどね。


主任:只今本部との仕事の調整で激務。しかも、仕事の舵を取るはずの本部の人間があてにならず、私以上に荒んでいる真っ最中


人格者の課長、その他もろもろの皆さん:部の最高責任者がインフルエンザに倒れる。得意先との商談予定やそのほかもろもろのスケジュール調整に駆け回って大忙し。

仕事をしていると、そんなもんよねと思います。


何があり、例え落ち込もうと、心に魔を住まわせようと、組織や世間というのは絶えず動き回り、私の事情なんか蚊帳の外。

ワタシの心情がどうであろうと、世間にとっては無関心どころか無も同然。個人個人の人生なんて、世の流れにとっては、水面の葉のごとく呑み込まれてしまうものよね、と受け取るか。

どうせ葉っぱみたいなもんだと小さく考えるか。


アンニュイに空を見上げて思い出す。

今週、課題の提出週だった。

結局、落ち込んでいるヒマは無いのよね。

従順か否か

前回の続き。

塾長に対して、塾生は従順か? という事ですが。

塾長は会社の管理職ではありませんし、教祖じゃない。塾生は部下でもないし、信者ではない。

ですので、異なる価値観や考えに、何の疑問も抱かずに従順に従うことは、まずない。


現在の塾生は、社会人です。

社会の一員として日々を過ごしてきた中で、身につけて来た考え方であるとか、価値観を持っています。

その考え方が、必ずしも塾長と全て同じとは限りません。

納得できることもあるし、そうではないこともある。

塾長の言葉に疑問を抱き、その意味を問う事は勿論ある。


当然、議論に発展することもあります。

しかし、ここまあくまで『師と弟子』という信頼関係の上でなされる問答です。たまにブログに紹介されてはいます。ブロクの内容は忠実ではありますが、その時の空気感は、実際にいた当事者たちにしか分からないものだってあります。


そうやって、塾生は自分の中で考えを咀嚼して飲み込み、塾長の言葉に納得するのです。

塾長に従う事は一見同じように見えても、単なる従順というわけではない。


塾生が塾長に対して、従順ではない事を快く思われない方もいらっしゃるかもしれませんが、私はそれを悪い事とは思ってはいません。


他者の考えや価値観に対して何の疑問を持たず、自分の事も言われればすぐに捨てられる程度のモノしか持っていない人間が、何かを表現できるとは思えないからです。


そういうわけで『私は従順ではない』という事を暴露したのですが。


……次回の提出課題、受け取ってもらえなかったらどうしよう。


ブログについて

さて、前回の続きです。

私にとって、ブログ更新は目的だけになってやしないか? ですが。

ブログ更新は目的じゃなくてツールであり、自分に対しての試金石です。


ブログというのは、現在作家志望としての自分を売り込むツールにもなる、というのが作劇塾での教えです。しかも可能であれば、毎日更新。

だけど、修行中の道や頭の中さらけだすのも、ネタが尽きることがあります。

かといっても、私は普通の会社員。


これがジェームズ・ボンドであれば、非日常が日常で、コンビニの買い物一つも国家機密に絡みそうな彼。

彼がブログを始めるならば、英国諜報部の日常垂れ流しでも極上のネタでしょうが(そうなれば、ボンドの上司Mが即刻ブログを閉鎖させるだろう)私の日常は劇的日々を送っているわけでもない。


それでも、毎日更新となると、日常ネタを出さざるを得ない。

面白くもない日常書いて更新するのか? それは更新が目的になってやしないか? 


内容の無い一般人の生活垂れ流しの中に、自分の更新も同じようになるくらいなら、最初から更新しない、というものもあるでしょうが。

だけど、ブログを始めた以上、それは一種のふて寝だなと思う。


特に私の場合はモノカキ志望ですから、日常生活垂れ流し内容で更新する事すらできないのは、修行中の身としてどうよ? と。

私の場合は、特に塾生として、作劇塾のリンクに貼って頂いています。

そうなると、礼儀としても最低限の更新は礼儀でもある。


『私は1日8時間労働の普通の会社員で、主婦でもあります。作家志望ではありませんが、宗教や世間、読書などで考えていることをブログに書いて、1日2回は更新しています。アナタはモノカキ志望でありながら、何で1日1回なんですか? しかもその程度の日常ネタ垂れ流しなら、私4回は更新できますよ?』

こんな人に、垂れ流しを諫められたら、納得。


己に関して言えば、才能がない自分自身、つまらん日常を垂れ流してでも更新しなくては、モノカキ志望として失格であると思っています。

毎日のブログ更新はそういう意味で試金石なのです。


さて、次は『従順か否か』について

作劇塾と飲み会

さて、作家志望となり、塾に通って何百年が経ちまして。

色々な塾生さんを見てまいりましたが、同時に私自身も見られています。


キミは塾に通って長いよね? それでモノカキとなる目的に近づいたのか?

目標には手が届きそうなのか?

もしかして、塾に通う事、それ自体が目的になってんじゃない? とか。

ブログだって、毎日更新はしているけど、更新する事だけが目的化で、単なる日常の垂れ流しになっているんではないの? 

飲み会には出ているけど、ちゃんとその場を有効活用出来ているの? とか。


私が作劇塾に通っている目的ですが。


モノカキという職業に就きたいからです。

ですけど、目標に手が届くかどうかは、それは分かりません。

芸事というのは、対価として金を取れるレベルに達せるかどうかは、他人から教えてもらえれば、必ず出来るというもんじゃない。

個々の素養、才能やセンスの問題もあります。

しかも、それははっきりと目に見えるもんでもない、自分でも可能性があるのかどうかすらわかりゃしない。他人だって、ハッキリとは言わないですよ。

あんたには才能無いよ、何てね。


あるのか無いのか分からない可能性のために、才能もないかもしれないのに、何で塾に通っているの?

と聞かれれば、私の答えは一つしかありません。

「積み上げるため」

本来なら行かなくても良い塾に通っている理由は、それに尽きます。

通ったからといって、才能が開花してモノ書きになれると約束されている訳じゃない。

でも、才能無くても、そこで経験を積み上げる事は出来る。

今は、私にとってそれしか無いです。合評では下手くそと言われ、応募したら落選し、自分よりも優れた人を見て頭を抱えても、それが経験値の積み上げだと。

好きな事だからこそ、上手くいかないと落ち込む。

才能無いなとつくづく思う。

しかし、才能は無いかもしれなくても、積み重ねることは出来る。

そして幸いなるかな、積み重ねは場合によっては万能の必須アイテムとなる。


私にとって塾は、それを教えてくれた場所であり、時に仲間と創作アホ話をして、時にけなされ、救われる休憩所でもあるのです。


飲み会ですが。


ハッキリ言おう「お客さんの立場」つまり、他の人たちに対して『さあ、オレを面白がらせろ』という態度の人は、あんまり面白くないかもね。

今の話題がつまらないなら、キミがそれ以上に面白い話題を提供しろってモノです。

モノカキとは「書く芸人」ですから、その辺りのスキルも必要となる。

映画のあらすじを語らせたら超三流。どんな名作でも格調を堕とすと言われるワタシの語り口も、一種の芸ですわ。

語るでも聞くでも、参加すれば面白いです……というか、人の話を面白がるというのも一種の芸。

それが飲み会で朝まで過ごすコツ。


次回は、ブログについて書きます。



塾の当日

本日、合評。


さて、ようやくパンデミックが表面化です。

ご町内は封鎖され、住人たちは地区外に出られないです。

その前日の晩から、人喰いウィルスに感染し、人喰い鬼となった住民がうろつき始めました。

さあ、どうしようかな。


「思い切りぶっ飛んだ話にしろ」


前回、そう言われました。

もう暗黒コメディですからね。

もう、モノを食べながら読めない内容にしよう……と結論と方向性が定まったのは良いけど。


話を進めることが出来るか否か。


それが問題だ。

綾波と富岡の間には

成瀬巳喜男『浮雲』を観る。

日本映画大好き、塾のビール担当が褒めちぎっていた名作映画。


確かはるか昔、清純な乙女だった頃に観たのですが、当時は男女仲の機知や泥沼のような情も知らない、潔癖で夢見るお年頃。

8割くらい内容も忘れておりましたが、何と言っても女の友情おススメですし、聞いていても面白そうと思ったので。

アンコウの肝と豆腐の鍋、梅酒飲みつつ観ることになりました。

ちなみにアンコウの肝は中国産で、1パック激安200円以下。豆腐は3パック68円です。


まあ、いわゆる不倫ですわ。

戦時中、ベトナムで富岡という農林省の技師と知り合ったタイピストのユキコは、最初は彼に良い印象は無かったんですが、徐々に惹かれ、そして愛人に。

妻と別れてキミと一緒になるという言葉を信じて、終戦後に彼を訪ねて見れば、奥さんとは別れてないし、仕事もうまくいっていないダメ男状態。

それでも、帰る場所の無いユキコは、富岡とずるずる関係を続けるというわけです。


情けない男、富岡を演じているのは森雅之です。

しかし、この富岡はモテるんですわ。

妻がありながらユキコ、ユキコがありながら、若い人妻に近所のお嬢さん。

よく「あなたは自分の事しか考えていない」とユキコになじられるのですが、ちょっと違うよと、梅酒を飲みつつ思う。

空っぽなんだよ、この富岡という男。

気概もない、気迫もない、主義主張もないし、ただ流されるだけ。そこには同情心も共感性も無い。

女に泣かれてもなじられても、怒りもしないし泣きもしない。

男としての感情や人間性が欠落していますな。


エヴァンゲリオンの綾波レイを思い出したよ。

綾波も空っぽなんですわ。

欠落感を具現化した無表情な美少女、そう言えば『私、なにもないもの』というセリフがあったっけな。

そう言えば、皆があこがれるアイドルも虚像でして、あれも一種の「空っぽな存在」ですよね。

人の思い入れや憧れや幻想を詰め込み、投影する『虚像』

だから人は虚像に憧れ、虚像を求める。

成程、森雅之と綾波レイはアイドルみたいなものか。

まさか富岡ならぬ、森雅之のモテっぷりに、綾波レイを想像するとは思わんかった。


一方、ユキコも欠落感の塊だなと、豆腐食べつつ考える。

行くあてもない。生活力はあるけれど、足もとが頼りないんだわ。

孤独と欠落感を抱えるゆえに、投影しやすい空っぽ男に執着する。成程。


でも、一番感心したのは、富岡とユキコが一緒に歩く距離感ね。

お互い、腕同士は触れているけど、手はポケットに突っ込んで決して手をつなごうとはしない。

終始、二人はその距離感ですが、アレは喧嘩しているとか、親しいけれど溝がある男女の歩き方です。


……欠落感を抱えるがゆえに、空っぽ男に執着するユキコ役、高峰秀子を観ながらずっと考えていました。

欠落感を抱えた、金持ちで性格良好の正統派美男子。それなら勝ち目はありそうだ。

どこかにいないものかな。


完全趣味小説

期限付きでカキモノをしている時、時間に追われながら「お肌の手入れが」「完全趣味小説書きてええええ!」「映画……本……」などとぶーたれまくっていました。

それで、今ですが。


うん、仕事はとにかく、課題小説しか今はないな。

……ああ、それなのに。

パソコンを開き、去りゆく時の流れに目を向けながら、己と対話するとワタシ。

書きたかった完全趣味小説はどうした?


手垢のついた展開、口にするのも恥ずかしいキャラクター設定に相関図、読者も書き手も同一人物だから、作者の趣味が読者の期待。

美形てんこ盛り三角関係ツンデレ嗜虐被虐、ご都合主義のSF風ラノベ陰謀小説はどうした?


例え世界の滅亡と引き換えにしても、他人に見せてはならない秘密の作品とは言え、書きたかったんじゃないのか?

いくら行き詰ったとはいえ、脳みそ拒否とはいえ、結局書けなかったなんて自分で自分が情けない。


と、いうように落ち込んでいます。

だって、課題作品しか書かない期間しか、出来ない趣味だもん。

……これでまた、完全趣味小説はしばらくお預けか。


あーあ。