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陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
こういう事件を聞くと、たまーに思う

まあね、人の性癖って色々ありますしね。


表には出さないけれど、潜在的にといいますか、己の心の奥の奥に秘めた好みといいますか、血が見たいとか、苦しむ姿を見たいとか、その手の『好み』も結構あると思うの。

そうですねえ『ボト●ズ』の主人公なんて作中、よく痛ぶられていましたねえ。

と、ある少女小説シリーズなんて、出てくる美少年ゲストキャラは、ぜーったいに深手を負ったりするの。あらまあ、包帯の白さがまぶしく、苦痛に耐えている美貌が嗜虐的。

あれは、きっとサービス……と、まあそれはそういうことで。


別に、ロりだろうがペドだろうが二次元だろうがサディズムフェチズム、欲望の差こそあれ、その嗜癖を外に出さず、普通の顔で一般的日常を送るというのが、普遍的人々でしょう。

特殊な嗜癖を抱えながらも、理性と道徳心、ある種の己の美学でもって、欲望をねじ伏せている人も多いと思う。


ですので、特に幼児や女性を狙う事件が発生する度に、思うんですね。

嗜癖というのは、もう人格の中にインプットされたものではないか。(腫瘍とか外部的要因もありますが)

欲望というものは、持っている事よりも、それを飼いならすことが出来ないことが問題なのだと。

欲望をコントロールしきれない加害者に対し、もう治療や更生、社会復帰よりも、いかにコイツから世間を守るかを優先した方が得策なんじゃないか。

だって、もう理性がコントロールできないんだからさ。そうなるから、再犯率が高いんだし。

こんな奴の人権よりも、貴重なのは善良な婦女子の安全よ。


「己の闇に咲く花は、現実という土壌に植えるべからず」

例え幼児が好きでも、嗜虐趣味でも、自分の性癖を表に出さずにフツーに生活し、そのまま一生を終えた人がいるなら、ある意味名も無き偉人だな……

性犯罪の厳罰化より、隔離を!


最近そんなこと考えます。




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連想ゲームと発想

捨てようにも捨てられない……ややベクトルが違う怪談パターンでは、いくらゴミに捨てても、家に戻ってくる人形というのがありますが、物理的にも対外的にも、現実的な意味で『捨てようにも捨てられない』というものがあるんですわ。


おかんアートというものをご存知でしょうか?

おかんアート……それは、主に中高年の奥様方が手を出す、センスのない人形だの、実用性のない小物入れだのという『手作り品』

フィーリングだけを武器にして作った、手作りの温かみというより暑苦しさ漂う品々。

いや、作るだけなら良いんだよ。

でもさあ、プラモデルもそれに近いですが、人は「作る工程」が楽しいのでして、完成したら情熱が覚めちゃうんですね。

オカンアートもそれに限らず。


よく、完成品をプレゼントされたものですが、せっけんを胴体にして作った白鳥の置物だの、広告チラシを利用して作った小太鼓だの、ヤクルト瓶と毛糸で作った犬の首だの、もらって途方に暮れる品物の数々でした。

知っている人間の手が作った品物だと思うと、捨てるとその労力や想いを踏みにじるようで、良心が痛む。

素人の手作り品て、実用性もセンスもなく、人肌温度がある分質が悪い。

そんなセンスの悪いもの、私の素敵なインテリアの不協和音だわ! どこかに隠してしまいましょうと見えない場所にしまい込もうにも、いつ制作者が家に訪問してくるか分からん。

「あら? 私が上げた犬の首は? 飾ってないの?」

なんて聞かれたらと、いらぬ不安も捨てきれぬ。



手芸用品屋さんで、布地を眺めながらそんなことを思い出していたら……捨てられない、これをキーワードに連想、ちょっと面白いことを思いつく。

ははは、これをネタに短編出来るかな。

ホラーのネタって、私の場合、素敵な思い出よりもトホホな思い出から浮かぶことが圧倒的に多し。


え? 今までにもらった、せっけんの置物に犬の首に、ロープで作った変な人形ですか?

さあねえ~ 引っ越しした時、どこへ行ったんだろうなあ?


駄文更新・最近の読書

田中芳樹作・ヴィクトリア朝怪奇冒険譚に手を出す。


『アルスラーン戦記』『銀河英雄伝説』『創竜伝』で有名な方です。歴史が大好きな方らしく、上記二作は架空歴史ものですね。中国を舞台にした歴史ものも書いていらっしゃいます。


クリミア戦争から無事に生還し、ロンドンの会員制貸本屋に勤めることになった主人公と、可愛い姪。

仕事の関係で、ディケンズとアンデルセンという文豪二人の旅行に付き人として同行ですが、そこで氷に閉じ込められた過去の帆船の謎を追う事に。

しかもその船の目撃情報によれば、場所はスコットランドの謎の小島『月蝕島』

なんとここには、ディケンズと因縁のある暴君な権力者親子が住んでいて、主人公と姪は、この地でトラブルというか、冒険に巻き込まれることになるんですな。


少年少女向けです。当時のロンドンの風俗や、社会生活が鮮やかに描かれていて、その挿絵の朴訥なタッチといい、子供の頃に読んだ児童文学の楽しさを思い出す。

そうそう、ハラハラドキドキワクワクだったのよねえ。

そこには血まみれも恐怖も無く、暴力も無い純粋な『冒険のスリル』というか。

この本に、恋愛要素はあまり無いですが、それがまた健全色です。ある意味、気を散らすことなく冒険譚に没頭できます。

こんな冒険譚を好んでいた頃から、随分遠いところまで来たわね。

背表紙真っ黒の並ぶ本棚を眺め、ふ、と笑う私。


それが大人になったという事か。











塾のそっち側

課題小説『ご町内・ナイト・オブザ・リビングデッド』を夏には終わらせろと言われる。

いつまで書いとんねん、と先生。

さあ……80年後の軍隊出てくるラノベ風ホラーSFから通算すれば……二年は経ってますねえ。

「で、ラストはどうするつもりや」

一家全員、感染者うようよの市街を捨てて、どこに逃げるかですね。

「一家全員、山にでも逃がしますよ。洋物ホラーは大抵、怪物から逃れていく先は、廃墟の中か、地下に潜っていますけどね」

六甲山などのメジャーな山は、上に行けば会社の保養所や別荘が集まっている地域でして。

屋根もあるし、川も流れているし、猪もいるし、食料はあるかなと。

当然、ネット環境も大丈夫です。

山道を走る道路の数も限られているので、下からの侵入も防御、遮断しやすいよな、と。

山の多い、日本ならではの避難場所といえるでしょう。


で、次はどんなのを書くのかと、先生から質問。

ううむ、と悩む私。

「まあ、正直に言えば、自分の作風というかクセを考えると、ブラックコメディというか、ホラーギャク、そっちの方かとという気もしていたのですが」

でも、本当に怖いのって難しいんですね。

それに、ホラーギャクとか暗黒コメディで正統派から『逃げた』と思われてもしゃくだし。

ちゃんと怖いのを書いてから、ブラックコメディに行くか。

「次は真面目に、怖いのを書こうと思います」

ふむ、と先生。

はい、と私。


で、次回の課題作の構想は?と聞かれたら?

今の課題作のオチに必死で、そこまで気は回りませんよ。

秋には取り掛かれたら、物凄い恩の字です。












あなたの隣にも視える人

生まれてこの方、ユーレイというものを視たことなし。


中高生という時代『霊感少女』というものが存在し、当時はそれなりの交流もあったのですが、今はてんで親交は無い……ていうか、その人々は、結構性格的に繊細系が多く、大人になれば「大事なものは真心と絆」という人種。

私のような無神経「欲するのは権力と金」人種とは、時が流れりゃ縁は薄まるってもんでしょう。

あ、今でも親交は続いている、中高時代に『当時、結構幽霊視ていた』友人はいるのですが、現在の彼女に『最近はどうだい?』と聞いてみたら「忙しくてそんなものに構っていられるかい!」と力強い返事が返ってきました。

ちなみに彼女は現在、組織の管理職・現実主義者です。


何だけど、もしかしたら、視える視えないは申告していないだけで、実は隠れ『視える人』が、そこらへんにいるんじゃないかなあ、と思わせる話を聞きました。


霊感を職業にしているわけでもないし、別にわざわざ自分に霊感あるって、周囲に吹聴するようなもんでもないし、それに一切関係ない職業を選択したし……なんて人。

で、ある日、何かの拍子にそれを口にする。

いやはや、別に忠告っていうか、まあちょっとね……気ぃ付けなよ。

えーと、まさかアナタが……と相手に愕然とされてしまう。

でも、視えるけど口には出さないし、職業にもせず、フツーに生活している人って結構いそうです。

こういうのって、霊感持ちのセミプロって云うんだろうか……うん、そりゃあビックリするだろうなあ、と話し手に深く頷いたお話。


ああ良かった、取材した話が、もしも怪談狩りとか新耳袋の話だったらどうしようと思っていましたが、収集したのは違う話。


さて、この調子で怪談収集頑張りましょう。


















飲み会と記憶

飲み会……それは高尚なのか低俗なのか、カオスな話題と酒によって流されている時間。


飲まない塾生さんもいますが、私は大概飲んでいます。梅酒にワイン、真夜中を過ぎる頃、脳みそはアルコールの中でぷかぷか浮かんでいる状態。

なので、ところどころ記憶がかすむ。

何だけど……

うう~ん、何故話題に『宝塚歌劇版・男はつらいよ』になったのか。

塾長が、あのテーマソングを歌劇風に熱唱されている声が頭にこびりついているんですけど。

「わかっているんだ~いもおおおとよおお」

何だか、歌の節にワーグナーの『ワルキューレ』が入ってますよ。


寅さんはもちろん、タコ社長からおいちゃん、御前様まで、青いアイシャドウの宝塚メイクですか。

はあ、宝塚歌劇に刑事ドラマ『相棒』の演目があったから、「男はつらいよ」があっても不思議ではないと?

右京さんだって、歌劇の舞台ではちゃんとアイシャドウしていたんだぞとの声。

その流れで「太陽にほえろ」「部長刑事」まで、脳内宝塚歌劇アレンジ大会が始まる飲み会。


確か、映画における音楽の重要性とか、恐怖の演出とリズムとか、そんな話もしていたんだけど……いかん「宝塚歌劇公演・男はつらいよ」にすべての記憶回路を持って行かれてしまった……。


保存すべき記憶のふるい分け機能も麻痺する。これが酒の怖さです。








業務連絡。

土曜日に取材に行きます。


ようやく手に入れた『けったいな目に遭った知人』です。

彼女をけったいな目に遭わせたのは、人間ではないようです。

やっとこさ巡り合えた人材です。この縁を手放す訳にはいきませんし、疎遠になるのはもっといけません。


まあ、そういうわけで、次の日に備えて、朝までではなく、終電までの飲み会参加です。

プライベート怪談会に出たいんですよ。


皆さん、この気持ちわかってくれますよね?



駄文更新・塾の前日

課題の続き、次の展開をどうするか。どう書直せばいいのか、途方に暮れるのはもう慣れた……慣れて良いものでもないけれど。


土曜日、日曜日を過ごし、まだ浮かばない。月曜日……足元に火が忍び寄る。火曜日は目の前が焼けているぞ。水曜日……大炎上……と、思いきや、ああっ、見える、見えるぞ……私にも逃げ道が見える!!


と、いう数日間を経て、何とか課題をやり過ごすんですけど。これってもう、切羽詰まらなくては、アイディアが浮かばないという極めて危険な状態に陥っているのか、それとも人とはそういうモノなのか、それとも個人的なクセなのか、修正したほうが良いのか、もう諦めろ、なのか。


木曜日、準備をしながら、いつもそんなことを考えています。

霊的ボリシェヴィキと裸足

大阪の十三セブンシアターで行われた『霊的ボリシェヴィキ』鑑賞とトークショーへ。

そして、塾生特権、打ち上げ飲み会参加!


出町柳のトークショーから、しばし話題になっていたんですが『何で裸足が怖いんだろう』

作品中、二本の足が、ぬっと立っているカットは恐怖を呼び起こすものですが、それが何でコワイのかといえば、理屈じゃ分からなかったんですよ。

だって、只の脚じゃん。

立っているだけじゃん。別に攻撃してくるわけでもないしさ。

でもコワイ。


それがついにこの夜、明らかに!

ああ、成程そう言う事か。

感覚的には分かるんですが、理論的に説明せよ、そう言われたら分からなかったんですよ。

いやはや「裸足が何で怖いかは分かりませんが、怖いもんは怖いんですよ!」と、言い返すだけの日々からの卒業です。


いやはや、打ち上げのお店の席で高橋監督とご一緒させて頂くという僥倖。

ああ、ここで幸運を使い果たした気がする……宝くじ高額当選を引きかえにするだけの幸せ。

ホントに色々聞かせて頂き、業界に関するあれこれや、ストーリーの作り方、映画の現場に関する質問などさせて頂きました。

人は、リアルタイムで触れた作品に影響を受けるもの……成程なあ。


自分が作り出した作品に対して、受け手の解釈の仕方は色々あります。中には「それは違うだろ!」反論したくなるようなものに出会ったら、監督はどう思われるのか。

え、そうなんですか。

じゃあ、結構自由なんですね……そこに優劣も正誤もないのか。

あ、ところで、映画のあの場面なんですが……


すごく幸せな時間でした。


高橋監督をはじめ、スタッフの皆様方。この集まりの機会を作っていただいた皆様方。

有難うございます。厚くお礼申し上げます。

でも、映画がロングランなんですね。

他の観客の方々も、久しぶりに怖い映画を観たと仰っていましたが、私にとっても『こわっ』と、久しぶりに思った作品がロングラン、とっても嬉しいです。

駄文更新・三回目の霊的ボリシェヴィキ

カナザワ映画祭、出町柳、そして十三シアターセブン! これで三回目の鑑賞ですね。

だって、十三は近所だもん。下手すりゃ歩いて帰れるし。

トークショーもあるし、地味に参加をもくろむ塾生の影も見え隠れしているし。


何度か観ている内に、新しい発見があるかもだし、それにあの映像の空気感の正体を、どうやって言語化しようか、そのヒントを探るためにももう一度観なくては……というわけです。

本当、独特の空気感なんですよねえ。

さて、仕事から一度家に戻り、文鳥のぴいちゃん遊ばせて、軽食済ませた。

これから行ってきます。