「おいピータン!!」の第12巻『雪形』で、自分の気持ちをどう表現すれば良いのか、という話が出てきます。この話のゲストヒロインである独身女性が同窓会に出たところ、既婚女性から不愉快な気分にさせられる。
さて、この気分を嫉妬というのか怒りというのか、一週間たっても整理がつかないまま、上手く気持ちが表現できない。残業中そうやって考え込んでいたところ、隣で何やら弱っている後輩の青年が、焼き鳥を食べに行きたいと涙を流してヤケ気味に叫ぶ。
「オレ、今日チェーン店のおいしくない焼き鳥が食べたい気持ちなんっスよ!」
それだ、とヒロイン……まずい焼き鳥を食べたい、今の自分の気持ち(仮)で言い表したセリフ。
そして二人は仲良く、まずい焼き鳥を食べに行く……というくだり。
そして私は今「駄作を見て打ちのめされたい気分」
何ですね、この自虐と反省と無常感とヤケを、まぜこぜにして言い表した気分。
『薔薇の名前』という映画で己を鞭打つシーンがありますが、そこまで自罰感は根深くはない。
第一、一般家庭に鞭なんか置いてませんがな。
そういうわけで、TSUTAYAの前であの伝説映画『デビ●マン』を前に、借りようかと考え込む。
ある意味大絶賛。これを観た、全ての人の評価が、ここまで見事に一致するなんてまずありえない。これは奇跡ではないでしょうか。
これなら、私を完膚なまでに打ちのめしてくれるだろう。聞けば、あの「ガッチャ●ン」なんてまだマシだという噂すらあるし。
しかし、この映画は半端ではないらしい。
と、この映画をご覧になった方のブログを拝見したところ、あまりの衝撃に思考が混乱し、その後一週間立ち直れずに仕事に支障をきたした……とのこと。
ど、どうしよう。
生半可な気持ちでは見てはならない。
観るか観ないか。今、己の自罰意識が試されている。実際、マジ物の心霊動画よりも非常に頭を悩ませております。
実にキッツイ。
仕事だの何だのと、何かたたってんじゃないのか、不幸の星周りに入ったのかと思うほどに色々重なってしまった。これでもし、我が家に殺し屋の来訪まであったら『王手!』と叫びたいくらいであります。
やれやれ、ぴいちゃんの鳥かごとブリュンヒルデちゃん小脇に抱えて、亡命でもしようかしら……と想像する。そんなつまらんこと考える余裕はあるんだね、と突っ込まれそうですが、いえ、単なる破れかぶれです。
そんな時の座右の銘『人生、所詮死ぬまでのヒマつぶし』
熱い言葉ではありません。むしろ突き放した皮肉さに、冷笑も混じっている。
でも、この言葉は大好きでして、そうやってシニカルな姿勢を取ることによって、事態の深刻さを突き放してみる冷静さや、不敵さ、ふてぶてしさを感じるんですね。
さて、その姿勢で重なった問題は、果たして全て片がつくのか?
まあ、人任せにしても限界があって、地球上40億人以上の人がいる訳ですが、誰一人として私の代わりにお手洗いへ行ってくれる人なんていない、それと同じことだと思うし。
まあ、あれもこれもそれも、所詮死ぬまでのヒマつぶしの余興って事で考えておくか……と己を立て直す。
とりあえず、文鳥のぴいちゃんは元気だし、ブリュンヒルデちゃんの顔も変わっていないし髪も伸びていない。
それで良いとしよう。
エッセイを読んでいると、その作家の読書傾向や交友関係、影響を受けた作品に触れることがある。
自分の好きな作家同士が、実は親しかったり影響を受けていたりすると、まるでこの作家たちの関係の中に、自分が入り込んでいるようでちょっと嬉しい。
て、わけで、今小池真理子さんのエッセイを読んでいるのですが、彼女の読書の中にサガンや三島由紀夫の事が出てくる。倉橋由美子も。
それで納得。この人の文章は、読んでいてつくづく静謐で綺麗なんですけど、成程、影響を受けているのはそこからか、と納得。
ミステリーについて記述で、カトリーヌ・アルレーが出てきます。ええ、私、アルレーも大好き。
自分が好きな作家が影響を受けた、もしくは好きな小説を、私が気に入らないはずがない!
さて、読んでみるか……こうやって範囲は広がっていくのです。
とりあえず、倉橋由美子を注文した。
ルース・レンデルも読んで見るか……あ、平山夢明が影響受けたグレゴリー・マクドナルドの『ブレイブ』も読まなくては……。
際限ないよなあ、とウンザリするけど、それ以上に嬉しい。
京都骨董祭、その2
茶道具、家具にティーカップに時計に玩具に装飾品と、アンティークには色々ジャンルがありますが、その中の一つが「お人形」
ウチのブリュンヒルデちゃんはアンティークではなく、アンティークの人形工房をベースにして作成されたリプロダクション。ですので姿かたちは西洋アンティーク人形。
彼女のサイズのお洋服が、市販ではなかなか売られていないので、この骨董祭に無いもんかと探してみる……アンティーク人形を扱っているお店は、着せ替え用のドレスも揃ってます。
私の冬のコートより高いけどさ。
「……41センチサイズって、あんまりないんですよね」
お店のご主人は男性でした。
ちなみに、西洋アンティークのアクセサリーや食器、お人形のお店の店長さんは、男性確率多し。
しかし、レースやボタン、絵葉書を扱うお店は100%女性が店長さん。何でだ?
「大概、お人形そのものも、ちょっと大きいか小さいかでして」
「ところで、お店のお人形はジュモ―が多いですねえ……あんまりお店でブリュを見ないんですが、もしかして人気ないんですか?」
ブリュとジュモ―は、フランスの19世紀同時期の人形工房です。
ジュモ―は可愛らしいタヌキ顔で、ブリュはクールビューティかな。
店長さん、あっさり即答。
「ブリュの方が人気あります。すぐに売れてしまうだけです」
それにしても、やっぱり商売している人は目利きです。
私のブリュンヒルデちゃんの写真を見て、すぐに出目と製作者を当てた。
「この工房はもう閉じられていますけど、ここのお人形は日本で良く出回っていた時期があります」
ブリュンヒルデちゃんの目は、普通のと比べてやや垂れ目気味。そこに作者のクセが結構があるらしい。
そして、店長さん呟く。
「人形作家さんてねえ……お人形は作るけど、服は作らない人多いですからねえ」
自分で作れって事か!
それにしても、他の人形の持ち主の方々は、お人形のお洋服をどうしているんだろう。
まさか、お裁縫上手しか人形に手を出す資格なし、それは私の知らない世間の常識だったとか?
謎です。
京都のパルスプラザにて開催されている、京都大骨董祭へ出かける。
春、初夏、秋の、年に三度の開催です。
場所は京都パルスプラザ。屋内ですので、雨天関係なし。西日本最大級で出店はなんと300店!
日本はもちろん、西洋からアジアの骨董が一気に集まります。
目の保養どころか、目のフェステイバル。次から次へ目に入ってくる商品は、グルグル回っても飽きません。
しかし、いつ来ても客層に変化がない。
年代は40から70代で固定されています。女性6割男性4割で、夫婦より圧倒的女性の二人三人連れが多い。ちなみに男性は、夫婦でなければ一人。
でも、随分外国人観光客が増えている。
古い着物のお店で、熱心に商品を見ている20代のカップルに「珍しいな」と思っていたら、どうも中国人。
「これは湯呑ですか?」
背後で聞こえる、結構ご年配っぽいご婦人の声。
「いいえ、蕎麦猪口って言いましてね……」
今どき、蕎麦猪口を知らない日本人がいるんかいなと振り返ったら、なんと金髪の老婦人であった。
振り返るまで外国の人とは分からなかった……。
「まとめて買ったら、おいくら?」
ご婦人、店主と値段交渉を始めたけど、す、すごい。発音も見事な標準語です。
食い入るように、信楽焼のタヌキの置物を見つめる韓国人らしき男性。
相手はタヌキだというのに、何を見極めようとしているのか、その目は真剣過ぎる。
と、思えば角刈りに着流し姿、白い足袋を履き、きんちゃく袋を持ってすたすた歩く白人青年とすれ違う。
……帯までちゃんと、自分で締めて着たんだろうか?
キタやミナミでも、外国人観光客は珍しくはありませんが、この『骨董祭』は、日本人でもコアな場所です。そんなコアな人種が集まる場所に混じる外国人の皆さんは、恐らく普通の観光客より、日本文化に関して、更にハイグレードにコアな方々。
ちなみに、骨董祭に来ている皆さんほぼ全員、私を含めて「たすき掛けバッグ」「リュックサック」姿でして、手提げトートが一人もいない。
これは日本人も外国人も皆共通。
なんだかこんな言葉を連想した。
……世界は一つ。
そういえば、最近テレビ番組そのものを観なくなった。
ニュースもネットだし、新聞取っているし、会社に雑誌もあるし、この3点セットをフル活用すれば、世間から取り残されない程度の情報は手に入る……と、いうかホントに必要な情報って、災害や非常時の時くらいのもの。
ハッキリ言って、ペナントレースがどうこうとか芸能系はどうでもいい。
世界情勢は……うーん、戦争が起きる起きないくらいはチェックしておこう。あ、マネーゲームをするときに、政治経済の知識や情報は必要ね。
観たい番組はない。今の私に、新聞のテレビ欄はスルーです。
テレビの何が邪魔って、CMがいやなんだよねえ……。
今や、ブルーレイ再生専用と化したテレビですが、それならいっそ、プロジェクターに変えても良いんじゃないかと思う今日この頃。
そう身にひしひしと感じたのはワケがある。
……テレビのリモコンの使い方を忘れてしまっていた。
取り扱い説明書を探すのに骨が折れた。
テレビやそれ以前に、人の記憶能力として間違っている気もするけどさ。
周期的に読みたくなる作品があります。
それは松本清張。ええ、誰もが知っている小説家。読んだことはなくてもドラマ化に映画化されていますので、日本人であるなら、一作くらいは触れていると思うのです。
今読んでいるのは短編集の中の一話『発作』ギャンブルに浮気、せせこましい借金が全ての生活で、仕事も身が入っていない男の転落劇です。
妻とも愛人ともうまくいっていない男の荒んだ日常。
金を人から借りて生活や遊興費に充てている、空辣と卑屈さ。自己中心的プライドと、色々な泥が溜まって発酵し、弾ける泡のような心理描写で話は進みます。
結果、一つの光景ががトリガーとなって彼の理性は吹っ飛び、見知らぬ男へ凶行を行うのですが……その陰々滅滅とした心理描写に、淡々と乾いた語り口。
読んでいて思うんですが、この方の作品て、かなり怖いものが多い。
異界も幽霊も出て来ないですが『潜在光景』なんて完璧ホラーです(角川ホラー文庫に収録されてます)
愛人の子供に恐怖する男。その恐怖は己の子供時代にリンクするという話ですけど、この結末は読んで「おおおおっ」と思った。そして子殺しを題材にした『鬼畜』
十代の頃は気がつかなかったけれど、今になって身に染みる恐怖。
つくづく書きたいともうのは、こういうじわじわくる恐怖小説。
いつか書けるようになるのかなあ。
誰にも見せてはならない、完全趣味小説のジャンルはSFアクション猟奇ツンデレ美形てんこ盛り。
さて、そういう内容であるから、軍人とスナイパーは必須である……て、わけで『山猫は眠らない』シリーズを観る。
スナイパーものでは有名でして、第一作はトム・べレンジャー主演です。アメリカの戦争アクションで、海兵隊の狙撃兵、ベケット曹長の活躍を描く物語。
スナイパーは動き回らず、死角に身を潜めてじっと相手の出方を監視し、そして撃って来た銃弾の方向や角度で相手の位置を割り出します。
動いたら負け、その静かなる戦いはプロというか、職人同士の頭脳戦。静かですが息を止める緊張感。
「ワンショット・ワン・キル」一撃必殺。名セリフですね。
うーん。
スナイパー、ベケット上級曹長の物語(パートⅢ)までは、スナイパーの孤独な戦いですが、話が息子の代になると、チームプレイが主になる。
そして、やっぱり武器も進歩します。
GPSや衛星を使って標的の位置を割り出したり、そうなると敵からもこっちのスナイパーの位置をハッキングされて、返り討ちに会ったりする。
標的を追尾できる性能付きの弾丸まで出てきたよ……銃の練習はしなくても良くなるのか!
ある程度、個々の能力に頼る部分がなくっちゃ、武器の使用のエピソードも面白くなくなるんだけどな。
制約が無いと、スパイスが効かないのよ……と、時代の流れを思いながら観る。
それにしても、最近スナイパーの配置が敵方にばれているとか、作戦が流出しているとか、情報漏洩が盛んな職場です。
スパイ組織のIMFかよ。
それにしても、武器やガジェットの進歩は目覚ましく、たまについて行けない、というか、それをやっちゃあお終いだろうというものまで出てきた。
追尾機能付き弾丸とい、一体どこまで武器は進化するのか、最近、スパイものやアクションものを見るのが怖い。
それにしても驚いたのは、今のスナイパーは2キロ先からも狙撃が出来るのか。
……外を歩く時には気を付けよう。
DVDを借りた。
ジャンルはアクション。シーンは、若い女が独りトレーニングルームにいるところから始まる。
そこに忍び寄る複数の男たち。
1対多数のバトルロイヤル。見事に男たちをねじ伏せるヒロインです。最後の男と戦い、見事に勝利したヒロインは「これが送別会?」そして笑顔で仲間と別れ、外に出て行く。
彼女はどうやら転職をするらしい。で、彼女の次の職場は……お金持ちの老婦人の世話をする、介護服を着たヘルパーさん。
ところで、この老婦人にはダメな孫がおりまして、借金返済のためにならず者と組んで、果ては家に忍び込み、金庫を開けて金を盗もうとするんですね。
ヒロインに見つかり、強盗と化すならず者二人と孫。
取っ掴まり、椅子に縛られてしまったヒロインですが……さて、元・特殊部隊のヘルパーの反撃が始まります。
観る前に、レビューをチェックすると……おお、低い!
こ、この低さは……あまりの低さに、かえって好奇心が暴走。どれだけ低いんだ、もしかしたら滅多にない駄作かも知れない……。
名作に当たった高揚感、幸福感は何物にも代えがたいものもありますが、駄作でも、最高の駄作にぶち当たった時は、場合によっては「あまりの酷さに笑っちゃう」という、被虐的な暗い歓びさえあります。
何でこんな作品を観てしまったんだと、後悔よりも事故に遭ったような落し穴感、イヤイヤ、もしかしたらこの駄作にも、監督からのなにがしかのメッセージが……という、藁の中の針を探すような必死な自己救済の努力なんて、無常感もここまでくれば素敵。
ドキドキしながら、観賞する。
そして、気落ちする……拍子抜けであります。駄作ぶりが期待したほどでもなかった。
アクションは悪くないし、詰めの甘さだの何だのと、展開がそういえばそうだけど「あの最高駄作」に比べれば、全然いいじゃん。ヒロインが何のために戦っているのか、目的は分かるしさ。
酒飲みながら、結構観れたぞ。
思い出してため息をつく。
あのアニメの実写化作品……観たもの全てが「訳が分からん」と言い、酒を呑みながら観たせいで、アルコールに火がついて怒り狂った人間や悪酔いした者が出て、ついには「今後はアニメの実写化は観ない」と誓いを立てる人すら出た始末。
私も酒のグラスを置き、ウンウンと話の解釈に悩んで酔うどころではなかった。
思えば、アレを超える駄作は最近お目にかかっていない。
あの駄作以上の作品に出合えるのは、次は一体いつだろう。
駄作の楽しみ方も、結構侮れないと知った今日この頃です。
いつであったか、我が職場の最高権力者(家の音響は5・1チャンネル)は東京へと転勤する送別会の中で『ウーファーはおススメだよ~』と私に言い残して去った。
ウーファーは低音部の補強ですので、戦争映画やアクション映画の爆発音に迫力が出るんですね。
ですが、集合住宅では時として、トラブルの元。低音は振動が壁を伝ってよく響くんでね。
「センタースピーカー買えよ。セリフがはっきり聞こえるから」
と、先生。
「センタースピーカーは、主にセリフやボーカルの声ですね。どんなのが良いかと言えば……これはお客様の音の好みというか、それぞれなんですよ」
と、日本橋のジョー●ン電機の店員さん。
ここのお店のオーディオ売り場の人は、『どんな無知でも分かりやすく』説明も丁寧だし、商品説明も高価だから高性能という感じもしない。
「あのー、配達とスピーカーのセットアップもお願いできるんでしょうか?」
「……セットアップは別料金です。ですけど、この商品にそれは必要性はないかと……」
ですが、私はフロントスピーカーをセットできず、危うくオブジェにするとこだったんですううううと不安に泣くと、穏やかに言い含めて下さった。
「大丈夫です。この商品をお買い上げのお客様は、ほとんどの方がご自分でセットされています」
そりゃあ、アンプとかスピーカー買う人種って音響マニアだからでは? 私はマニアでも愛好家でもない、そもそもアンプも「棚ぼたアンプ」だしさ。
店員さんへの疑問を胸に秘め、買い物袋を提げて帰途につく。
で、結局は……すいません。自分で出来ました。
あのフロントスピーカーの苦難の日々は一体なんだったんだと思うほどです。
でも、確かに店員さんや先生のお言葉通りです。
セリフの音に輪郭が出来るというか、はっきり聞き取りやすい。
ほほほ、コレで映画を観ながら酒を呑むのは格別……てここで思い出す。
酒をやめるんじゃなかったっけ。
でも、センタースピーカーのためにも……