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陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
駄文更新・映画生活

さて、フリードキン版「恐怖の報酬」という腹にたまる映画を観た私ですが、己の今後の映画生活は大丈夫かという不安を覚える。


モノクロの日本映画好きは、塾以外でも何人か知っていますが、彼らの「現在の邦画を楽しめない」という嘆きをどれだけ聞いたか。

スター不在だのアイドル映画だの原作汚すなだの、ボヤキ内容ほぼ共通しています。

ハイ、私もその内の端の端、きれっぱしに捕まっていますが、実際そうだし。

シン・ゴジラは好きだけど、邦画は実写よりも、アニメの方が優秀な気がする……シン・ゴジラの監督は有名なアニメ監督ですけど。


と、いうように、基準が上がると今まで普通に受け入れてきたものがつまんなくなる、これもまた、一種の悲劇。

ああ、きっと私は今後、マーベルとかディズニーとか、家族向けハートフル映画がきっと物足りなくなるんだわ。これって範囲が狭まったというんじゃないのかしら。

よよよと泣き崩れる。本心的には別に良いけど。


とりあえず、あの映画を観た後、夕食の酒の肴とはいえ『アメイジング・スパイダーマン』を観る気があまりしなくなった。

ワンス・アポアタイム・イン・アメリカにしよう。


そういえば、そろそろ兄弟子が幽霊と対決するはずである。

勝てるか? 兄弟子。






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公開とタイミング

『恐怖の報酬』ウィリアム・フリードキン版観る。


ハイ、いつもなら格調低く映画のあらすじにしたいところですが、これは凄い。

私の格調低さで汚すわけにはいかない。

久しぶりに「腹にたまる」映画を観た……面白いとか、名作良作はいくつも観たけれど「腹にたまる」映画はこれが初めて。

映画館の暗がりで、身を乗り出して顔を引き攣らせながら観てしまった。

大画面に5・1チャンネルの音響、そして最前列でした。

狂人が監督した映画のすごみがあります。

クルーゾー版より、荒々しくて非情、無慈悲。そして臨場感の素晴らしさ。


この作品の公開時1977年は「スター・ウォーズ」と同時でして、この超歴史的ヒット作品の裏に隠れてしまったとか、原題の「sorcerer」魔術師、という意味が多くの観客にはジャンルが分かりにくかったとか、主演のロイ・シャイダー以外は無名の外国人俳優ばかりだとか、共同配給した映画会社がお互いに宣伝を相手任せにして、世間に伝わらなかったとか、内容が夏向きじゃないとか、映画史上の名作リメイクがマスコミの悪評を呼んだとか、色々マイナス要素が重なって、興行的大失敗。

しかも、日本では30分もカットした短縮版が放映され、その後は消えた作品。


観終わった後に、怖くなりました。

こんなにすさまじいのに、上映後、パンフレットが飛ぶように売れていたのに、そこのサラリーマンが「イブ・モンタンの奴よりこっちの方がすごくてコワイ」と感動していたのに。

「めっちゃくちゃ面白い!」と20代カップルが盛り上がっていたのに。

そんな作品なのに、40年間封印されたのか。公開時の運悪さ、その怖さに身震い。


監督が執念でサントラを5・1チャンネルのリマスター化、映像を修復して出来上がった「オリジナル完全版」です。

そして、私も「クルーゾー版」をちゃんと観たのは、恥ずかしながら実はここ2年ほど前。

40年間封印作品の公開と、私がクルーゾー版を観たタイミングが見事に一致。

この運の良さに身震いした。いや、本当に。

こういう幸運もある。


ところで、やっぱり映像に『フレンチ・コネクションっぽい」「あ、エクソシストだ」的なものを感じて、これもまた嬉しかった次第です。


ブルーレイ出たら買おう。

ちなみにこの日、映画館から帰宅して1時間後にサントラを注文しております







駄文更新
今から映画です。恐怖の報酬、ウィリアム.フリードキン版! 完全版、日本初公開。

嬉しいねぇ、しかも水曜日なので映画代が安い❗
朝から仕事にならなかったよ。待ち遠しくてさ。

行ってきます。
拾い物

ガストン・ルル―の『恐怖夜話』読了。

『オペラ座の怪人』の作者で有名でして、アルセーヌ・ルパンの生みの親、ルブラン先生と並ぶ、フランスのミステリ作家です。

ちなみにこの作品集は、1920年頃に発表された作品。結構古い……面白い。


前半がが連作短編の構成。老いた船乗りたちが酒場に集まり、それぞれが体験した恐ろしい体験を語るという形式です。

怪談というより、怪奇小説、奇譚というものでして、幽霊や物の怪は出てきませんが、それに準ずるような人々が物語に出てきます。


なぜ片腕を失ったのかを、過去を語る老船長。

空き家であるはずの別荘から、夜中にけたたましく聞こえる大騒ぎに好奇心を抱き、外に伺いに出た若き日の船長。

明け方、その家からドアが開き、出てきたのは夜会服姿の美しい女性。彼女は誰もいない暗い空間に向かって言う「さようなら。また来年……」

そして、彼女が触れることなく、勝手にドアが閉まる。

船長はその後、航海に出るが、あの夜の不思議な光景が目について離れない。

そして一年後、再び同じ別荘に向かうが、なんとその空き家は自分の古い友人の持ち物だった。夜会服の美女は友の妻だった。

古い友人の妻だった美女に、友人との面会を求めるが、彼女はそれを拒む。

お願いだから、今夜だけはお越しにならないで、と。

その夜が、あの不思議な夜のちょうど一年目。船長は強行突破で友人に会うのだけれど、その友の姿は……そして船長の腕が……というお話。


首を切られたはずなのに、生きている女の話とか、夫が次々と不可解な死を遂げていく美女の話だとか、血なまぐさい犯罪があった過去を、見世物にしている宿に泊まった新婚夫婦の恐怖体験だの、あらゆるパターンが詰め込まれた短編集。

さすがはミステリー作家。もう100年近く前の作品なのに、見事なオチを読ませてくれる。


外国小説は、時に文体がくどくて読みづらいのですが、ツボにはまれば現実でありながら、異国のファンタジーのような風景を見せてくれます。

ガストン・ルル―がこんなに面白い話を書いているとは初めて知った……恥ずかしながら。


しかし、翻訳小説は訳者の技量によって、ちょっと変わってくる。

そこがちょいとなあ……過去ウンベルト・エー●「薔薇の●前」あまりのくどさに挫折した私。

読みにくいし、内容の意味が分からないと文句言ったら、友に肩を叩かれた。

「あれはね、キリスト教とか教会の建築様式とか、ちゃんと知ってなきゃ分からんよ」


なんだ、単なる教養不足だったのか。


鑑定眼が無意味

25日、天神さんの市へ行く。

骨董市とは、興味がない人から見ればガラクタと布切れと古い茶碗が満載、客層は50代以上が殆どの抹香臭さとカビ臭さ満載フェスティバルですが、ところがどっこい、実はお宝の山。

レトロデザインを求め、叩き売りされている可愛い着物や小物を求める若者が、最近多い。


その中で、骨董市巡りにそれなりの年月を重ねて来た私。

お値打ち品、掘り出し物を見極める眼力を鍛え、目は大分肥えた、ふふふふふ。

そしてこの日も、フランスのワイングラスだの伊万里の絵皿だの、凝ったデザインのバッグだのを見つける。

さて、買い物のコツには、一度その場から離れて頭を冷やしてから、そして空腹を避けろとあります。

それに従って、一旦、立ち並ぶ店から戦線離脱した私。

お値打ち品です、フツーにアンティークショップで買ったら2倍はする。

安い、けど全部買ったらかなりの出費。収入と支出、家計を考慮せねば。


賢い買い物のためにも、広島焼とヨモギ餅とぶたまんとおからコロッケを腹に入れて、空腹を解消。

やっぱり買おうと決意する。だって骨董って出会いもんだし。

店へ行く。そして絶望する。

『鑑定眼アリ』人種がたむろしてる場、それが骨董市。

空腹解消タイム60分の間に、目を付けた商品全て何者かに買われていた……。

スゴイよ私、我ながら、己のお目の高さに感心する。

でも、いくらモノを見る目が肥えていても、買えなきゃ鑑定眼は無意味。


……フランスのデッドストック、繊細なエッチングの入ったワイングラス……その他もろもろ。

買っちゃった後悔よりも、買い損ねた後悔の方が深い。


当分、機嫌が悪いです。


野生って……

本日、北野天満宮にて「天神さんの市」がありまして。

夜はお誘いにあり。ああ、これは帰って来てブログ書いている間に気ぃ失いそうだわ、今のうちに書いておこうと思ったところ……


桜文鳥のぴいちゃん脱走。

現在、箪笥の上に立てこもり中。

「ぴいちゃん、下りといで」

危ないから、と言いかけて止める。相手は手乗りですが鳥。高所は得意分野でしょ。

……と、思いきや、ぴいちゃんの様子がどうもヘン。飛び降りようとして下を見ているんだけど、どうも躊躇しているそぶり。

「まさか、お前高いところがコワいんじゃないだろうね?」

疑念の目を向けられて、じと~と私を見返すぴいちゃん。

椅子を持って来て、ぴいちゃん救出。

手に乗った瞬間、さっさと飛び立って籠へ入ってしまった……ぴいちゃん眺めつつ、思い出す。

そう言えば、コイツ、鉢植えや花瓶の花に怯えていたっけ。

そのくせ、パソコンはお気に入り。

デスクトップやキーボードの上で遊んでいる……高価なPCに何度フンを落とされたか。

あ、そうだ。地震のあった夜中、地震を予知するどころか、ぐうぐう巣の中で寝てたぞ。


親を失い、保護されたライオンを野生に返そうとする夫婦の奮闘を描いた『野生のエルザ』名作を思い出す。

動物って結構簡単に野生を失えるもんです。まあ、野生は『野で生きる』だから、餌をもらえる環境ならキープする必要はないけど。


しかし、高所に怯えるのは、鳥として如何なものか……

明日から特訓しよう。

まず、最初は冷蔵庫の上からにするか。



図書館の使い方

と、ある前大阪市長は仰いました。

「図書館は知のセーフティ・ネットだ」

大阪の文化予算を削りまくった市政で批判を浴びた方ですが、この一言で何かが見える光……。


何にしろ、私にとって世界で一番愛する場所は大阪市立図書館。

ここは実話怪談本の充実度が異常で、ずらりと並んだ本棚の前で、鼻血を出しかけたのは良き思い出。

最高15冊を二週間も借りられる。

読み放題。書籍代もままならない子供の頃、どれだけお世話になった事か。


最新刊やベストセラーを借りるよりも、絶版や見つからない本を探すのに、図書館は凄い威力を発揮します。

好きな作家さんが昔の人の事が、結構多いんですよ……しかも30年前とか下手すりゃ50年前の作品。

知名度が微妙な場合、下手すりゃアマゾンでも見つからない。

古本屋さんを覗いてはいるんですけど、こればかりは出会いものだし。


そこで図書館。

ルース・レンデルやカトリーヌ・アルレーの蔵書リストに、またもや鼻血を出す。

すげえ、ネットでも見つからなかった作品がある!

狂喜して、さっそく書庫から取って来てもらう。

本を手渡されたとき、思わずその両手を握りしめてしまいそうになった。


本の売れ行きとか、出版不況の元だとか言う説もありますが、こういう『手の届かない本』『消えた本』を保管してくれている有難味はあります。

その感謝の度合いたるや、世界征服したら大阪市立図書館に住みたいと思うほどです。

そこまで私は、図書館を愛している。


見つからない本も、いざとなれば図書館!


本好きの桃源郷、と内心そう呼んでいます。

ゼイリブ観る

ほう、制作30周年HDリマスター版ですか……て訳で映画へ出かける。

『ゼイリブ』ジョン・カーペンター監督です。この監督は、世間的にはカルト人気らしいけれど、私の周囲は愛好者ばかり。カルトなんだかメジャーなんだか分からない。

「ゼイリブ行ってくるわ」(一緒に行くかい? と聞こうとしたが)

「あ、私ブルーレイ持ってる」

……またかよ。


何人かに断られ、持っていないのは私だけなのか? と首を傾げつつ、映画へ。

え~格調低く説明しますと、エイリアンたちは地球に潜り込み、自分たちの住みやすいように、サブリミナル効果で消費と自然破壊、生活スタイルに干渉して人間たちを支配し、人類から搾取して生活しているのです。

職を求めて放浪していた主人公は、たまたま案内されたドヤ街で、対エイリアンのレジスタンスたちの集会を目撃。警察に追われて散り散りになるレジスタンスたち。

そこでサングラスを手に入れた主人公。これをかけたら人間に化けたエイリアンの姿が丸見え! 人類を操るサブリミナルの実態も看破!

真実を知った主人公。銃を手に入れてエイリアンを殺しまくる。

そりゃ、傍目にみれば大量殺人者ですわ。パトカー出動、彼はエイリアンと警察の捜査網から逃げ回る羽目に……さあ、離散した仲間たちは見つかるのか?

人間に紛れ込んだエイリアンの正体を暴き、世界を救えるか?


妙に面白い。

派手じゃないのに面白い。社会風刺に消費社会に格差社会。メディアの暴力描写に、己の映画まで作中からかいまくっている作品。

そして、噂には聞いていた映画史上長すぎる喧嘩シーン!

サングラスをかけろ、かけないで主人公と友人が殴り合うのですが、この喧嘩が妙にスタイリッシュ。技と技の応酬です。

一般人のケンカを見たことありますが、お互いにつかみ合ってゴロゴロゴロゴロ転がり合い。二人の背中で床掃除しているのが定番だというのに。

ボクシングにプロレス技。流れるような連続技が素晴らしい……心斎橋や難波でも、喧嘩するのなら、これくらい見事な格闘を見たい。


さて、映画館を出て考える。

外国映画における地球って、どれだけエイリアンに狙われているんだ。

日本にもエイリアンが地球に紛れ込んで生活する話はありますが、大抵良き隣人? として生活しています。うる星の人なんか、もうとっくに正体ばれているし。


エイリアンに対する接し方。お国柄だなあ。

読書日誌・心地よい眺め

ルース・レンデル『心地よい眺め』やっと読了。

早川ポケットミステリーだけど、ポケットじゃない長編。

400ページは一気読みの分量ではないので、ちまちまと読む。


周囲から構われることなく、愛情も関心も枯渇状態、まさに放置で育ったハンサム主人公と、幼い頃に母親の殺害現場に居合わせ、トラウマを背負った美少女ヒロインの出会いと恋。その先に起こる悲劇。


ホントに全く、人間らしい感情が無し。美しいものにしか興味がない主人公は、両親が死んだあと、自分の生活の場を手に入れるため、同居していた叔父を殺しますが、その死体を車のトランクへ入れ、その車を日常でも使っております。

その感性のヤバさは、次の殺人後からも発揮。

叔父ともう一人の殺人を隠匿するために作った、己の大工仕事のせいで自業自得な目に遭うんですが。


ちょっとした群像劇でもありまして、綺麗なんだけど頭も貞操観念も軽い美女に、悪気は無くて、真面目なんだけど、結果的にはヒロインを支配しようとする元心理療法士の継母が絡みつつ、話が進みます。

主人公二人が子供の頃からの、長いスパンで話が進むのでちょっと長いですが、読み進めていくサスペンスは十分。結末はハッピーエンドですが、かなりブラック。


『ロウフィールド家の惨劇』でもそうなのですが、この作者の描く、情緒が欠落した人間の描写は淡々と、そして冷え冷え。

美しいものに対する感性は鋭いんだけど、感情が欠落した男の恋心というのはどんなものか。

エゴイストとか強欲とか、また違った味わいです。


面白い作家に出会うのは、幸せと恐怖が隣り合わせ。

ああ、またこの人の本を二冊、ネット本屋でクリックしてしまった。

こうやって本が増殖していく……





東寺にて

毎月21日は東寺にて弘法の市。

京都在住150%、骨董市愛好者96%が知っている、そして出没している京都名物。


ええ、行って参りました。

有給です。職場の人々に仕事を押し付け、引き継いで出没の私。これが職場の愛というか、助け合いというものです。

平日の真昼間に屋台のたこ焼き食べて、チューハイ呑んで、鯛焼き食べて焼き鳥食べつつ「職場の皆さん、私の身代わりに有難う」てなもんです。


外交人観光客、すっげえ増えている。

古い着物とか、布の端切れとか、えらく皆様、たむろしていらっしゃいます。

古い着物を羽織っていた外人さんがいました。着物をガウンに使う人が多いって、本当らしいな。

と、思いきや洋裁学校の生徒さんらしいお嬢さんが、古い着物を前にして、友だちと一緒に店の前で悩んでいる。

はあ、課題のデザインに悩んでいるんですか。

そうねえ、偶然隣で聞き耳を立てていた妙齢の美しいマダムは、こう思いましたよ。

昭和の着物って、流線的で、自然のモチーフが多いアールデヌーボー、幾何学的で直線なアールデコが微妙に入り混じっているデザインです。

私に言わせれば、寺社仏閣や着物など、古典と現代風デザインが入り交じる都、京都で学ぶなど、恵まれていますよ。まあ、悩んでちょうだい、お嬢さん方。


と、言いながら。

着物の絹の端切れが、笑うくらい安い。

だって、100円から2000円単位ですよ。

人形用の着物……作るのも、こうなれば出来るかな。着物は基本、直線縫いだし。


……その前に浴衣かしら。