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陶磁器と文鳥
日々の雑文、カキモノをしている悩みなど
己に言い聞かせる言葉:仕事編

職場を愛するサラリーマンなんて、フィクション以外でお会いしたことないです。

「自宅の布団より職場の椅子が好き」心の底から言える人は、きっと布団がカビとアンモニアとチフス菌の巣窟で、尚且つ、自宅の台所からトイレまで、ブービートラップと地雷が30センチ置きに仕掛けられていて、冷蔵庫の中の食品が賞味期限切れで満載であるに違いありません。

もしくは死体を置きっぱなしとか。それはイヤだな。自首したまえ。


明日はもう仕事したくない……電車へ行きたくない。

そんなアンニュイな夜に、己に言い聞かせる言葉がある。

「今まで仕事して金をもらう立場になるために、どれだけの道のりを超えてきた?」

仕事して稼ぐ……その言葉の背後には、上下巻くらいのストーリーがある。

まず、職種の選別からスタート。ヒトの顔も名前も憶えないし、営業と接客は無理だな。週休二日は無いとキツイ、残業も多少ならとにかく、サービス残業は絶対にゴメン。

そんなことを考えながら、給与と希望職種の折り合いをつけ、勤務地を吟味し、何といってもカキモノをしたいので、勤務時間と体力温存も考える。

そこの職場の人間関係はどうだろうと、あれこれと想像して不安になる。


で、面接したいとこ決まったら履歴書を書いて、面接に赴いて笑顔を振りまき、担当者と仕事内容の話を詰めて、合格か不合格かの不安を抱えて帰宅。

さて、新しい職場でスタートとなると、新人として腰を低くしつつも、上司や先輩の名前を憶えて人間関係を把握して、ついでに備品がどこにあるかとか、職場の掟だの頭に叩き込む必要があり、新しい仕事を覚えるために、必死になってメモを取る。


……その先につかみ取った、今の環境だろ。

そう己に言い聞かせ、布団からのそのそ這い出す。

やれやれ、金を稼ぐのは、どんな職種でもエライことです。

だからこそ、休日が楽しい。

仕事前夜、アンニュイになれるのです。









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人形の材料

古い人形って、結構「髪の毛が人毛」というのがあります。

今はモヘアとか人造ですけどね。一度ヤフオクで出品されていた金髪のビスクドールがそれで、入札するかどうするか、すごく悩んだことがあります。

うん、O・ヘンリーの有名な短編「賢者の贈り物」とか、「若草物語」でも、女性が自分の髪を売るのは普通である話にせよ……人形のパーツに使うことくらい、そりゃあるでしょと思えなくもないけど……すごく可愛い人形だったけど、結局入札は見送り。


人形は、元々人の形をしていることで、本能的に恐怖心を抱かせることがよくあるもの。

人形ホラーを読んでいますと「死人の魂」「ヒトの念」がこもって、あれやこれやが起きる話がほとんど。

そのパターンから何か外れたものが出来ないかなと考えておりまして。

しかし、その人毛のお人形を見て考えた。人形の材料によっては、結構コワイものが出来上がるよなと。

……やな人形を妄想中。


ちなみに、我が家の人形のブリュンヒルデちゃんは、髪の毛はモヘアです。

ところで、私が聞いた中で「やばい」話は、お墓場から人形を拾って持ち帰ったという話。

何が起きるわけでもななく、結局親から「元あった場所に返してきなさい!」と怒られただけで済んだらしけど……話にするとしたら陳腐です。

ボツにしよう。





「山猫」と日常

なかなか、凄い日だった。

中腰で書類を作って伝票を作り、マッハで他部署にデリバリーし、そして横目でFAX送信を見守りながらパソコンを打つという、実に忙しいというか、退屈しない日。

「に、日本経済になにがあったんですか!」

「知るか! さっさと書類と伝票作らんかい! 焦るなよ、ミスったらどうなるか分かってるよな?」

「おいこら、キサマの矮小な処理能力臨界地点に及ぶ前に、オーバー分の仕事は早くこっちに回せ! ミスされたら元も子も無いわ!」

センパイや上司と共に怒鳴り合い、罵り合いながら、何とか定時にお仕事完了。


ああ、こういう日に料理はしたくない……ということで、肉焼いてカット済み野菜とパンとチーズとワインで夕食。

ほほほ、料理に手をかけるなんて贅沢の極み。

手作りの酢の物、ひじきの煮つけなんて大御馳走よ。


やさぐれた気分でヴィスコンティ「山猫」を観る。

と、いっても全編3時間あまりです。今回の夕食のお供に観るのは、後半の貴族の舞踏会シーンのみ。

金襴豪華、ドアがいくつも続く美術館のようなお屋敷、そこに集うきらびやかな軍服やドレスや衣装の貴族たち。

ダンスの曲を演奏する楽団の人々に、晩餐を提供する給仕の人々。

ええ、完全に日常からぶっ飛んだシーンですね。

あー、貴族ってすげえわと思いつつ、現代日本って、その点は結構いい国だなと思いつつ、1本500円の赤ワインを飲む。

貴族という、己が生まれ持って持っていたはずの特権階級が消えてなくなる、その虚ろな寂寥感に捕らわれずに済むもんね。

庶民という身分はなかなか無くならない。しかし明日もきっと忙しいな。

やれやれと思う、庶民の特権です。










絵皿

趣味に金をかけるのは楽しいけれど、金を出せば、必ずしも良い物が手に入るとも限らない。

骨董品って、お金をかけたらキリがありませんが、別に高価なものだけが良いってほどでもない。

「面白い」「珍しい」「可愛い」それで集めるのも楽しいかな。


さて、こちら「オールドノリタケ」そっくりです。

オールドノリタケとは、今の食器メーカー「ノリタケ」が、明治から戦前まで海外に輸出していたテーブルウェアをいいます。

緻密で繊細な風景の絵付け。金彩もふんだん。食器の上に描かれた絵画は、芸術と実用品の融合です。

当時国内では販売されず、国内で見かけることはなかったとか。

今でも「オールドノリタケ」愛好家は多いです。


さて、この絵皿はそのノリタケではなく「CAMEL」というメーカー。

直径10センチの、手描きの小さな絵皿です。

「へえ、オールドノリタケに似てますねえ」

「ノリタケの親戚みたいな会社です。知名度はあまりないですけど」

教えてくれたのは、骨董品屋の若い男の店長さん

ええ、私も知らなかった。

いそいそとお買い上げ。3,000円。

砂漠を歩む、ラクダと旅人ですか。

たった10センチの絵に入っている異国の砂漠。

ノリタケじゃないけど、かなり見事な絵付けに金彩です。

これで3,000円ぽっちかよ。

最近、これを見るたびに「お買い得」の幸せと、この当時の職人さんの技に胸が痛む今日この頃。

恐怖映像とマメな人

映像に関しては、完全受身。

写真撮ることほとんど無し。

歓送迎会や行事があれば、必ずカメラを持って来て撮る人がいます。何かあれば、映像を残す人がいる。

マメな人ね、と自分とは人種が違うと、遠くから眺めていたんですけど。


しかし、ダークナイト29回、ゲストは大木ミノル監督と北野誠さんの回を見つつ、考えた。

……何でもかんでも、映像記録を撮る人のおかげで「恐怖映像」が残るのだと。

ええ、新居お引越しに肝試し、その記録の動画をちゃんと残すという人たちがいるからこそ、日常にたまたま映り込んだだ怪異が記録されている。

世の中、私のように例えベルサイユ宮殿に引っ越そうと、富士の樹海へハイキングに行こうと、そもそも人生に記録を残すということを考えもしない人々ばかりなら、心霊現象がその瞬間あったとしても、そのままスルー状態、デジタルの中に記録されることなく、しかも私の感覚からも無視されて、そのまま時間の海の藻屑となって消えていたことでしょう。


廃屋の人影、新居の扉の向こう、トンネルの暗がり、それをちゃんと生活の記録としてカメラに納め、保存するマメな人によって『恐怖映像」が残っているのです。


で、心霊映像そのものが、そもそも本物かどうか、ですが。

……今回のダークナイトで公開されたものは、ああ、確かにこれはどう見てもおかしいと思うモノばかり。

そして、裏話ですが、人は案外怪異に関しては「鈍感」らしい。

怪異に遭遇した時は、ヘンだなーとわずかな違和感はあるらしいけど、それは常識や思い違いという事で済ませてしまい「日常の押し入れ」の中に放り込んで、そのまま忘れてしまう。

記憶は改ざんされるけど、映像はそのまま残るので、有力な証拠です。

「恐怖は、マメな人によって記録が残る」

よく考えたら、先人の日記は、歴史の重要な文献や資料にもなっているのですが、それも「3日坊主」では終わらない、マメな人々のおかげと言えましょう。

彼らのおかげで、歴史を学ぶことが出来る、恐怖映像が残る。

有難う、マメな人。


そんな感謝の念を感じたイベントです。






最終回を……書き終えたのか?

二編書き、どうしようか悩んだ結果、結局「出来が良いほう」を渡すことにした。

書き終えた瞬間、ようやくここまで来たという感慨と涙が‥‥…出ない。


一応ねえ、ケリはつけたけど、これが合評を通過するか分かんないし、書き直しかもしれないし。

それでもまあ、これで一区切りつけたことは確か。

元々は、美形満載己の趣味追求、ラノベ風SFホラーだったものを完全に切り替えさせられ、どういう展開で行くのか、どうオチをつけるのかも、書き始めは暗闇の見切り発車。

「どないせいっちゅうねん」と、毎回頭を抱え、神頼みをして「ネタ出しの儀式」にふけった日々。

午前3時のアルコール漬け合評で、ヒロイン像はああなるわ、今まで書いたことのないいサラリーマン中年男をメインにいれるわと、まあ樹海の中をずっと歩くような気分で書いていたなと。


あー、やっと出口見えたよ、と安心です。


そして、思った。

「どないせいっちゅうねん!」と叫びながらも、書けるもんだな。

毎回ギリギリに時間追い込まれても、何とか展開が浮かぶものだな。

睡眠時間削れば、何とか間に合わせられるな。

「追い詰められれば、ギリギリで何とかなる」

体で覚えこんだ教訓です。






ラブストーリー

要素として恋愛が入っているものならとにかく、恋物語は、基本的にはあまり読まない。

しかし『高慢と偏見とゾンビ』という映画を観た以上、その元となった原作を読まにゃならんのかいな……そう考えていたら、図書館で見つけた『高慢と偏見』ジェイン・オースティンです。


聡明で頭の回転早い、少々皮肉屋のヒロインと、温厚な美人の姉。

この姉妹の近所に越してきた裕福な好青年。そしてその友人の紳士が軸になって話は進みます。


友人紳士も金持ちなんですが、高慢な態度でヒロインの幼馴染を侮辱する。それを聞いたヒロインは彼を嫌うのですが、何と友人紳士は聡明で毒舌なヒロインに惚れてしまう。

でも彼の屈折した恋心はなかなかヒロインには届かない。これ以上彼女に惚れたらヤバいと、何とか己の心にブレーキをかけようとしているその姿は、可哀そうというか大変だねえというか。

一見、お似合いのカップルで、そのまま結ばれるかと思われていたヒロインの姉と、近所の好青年の恋も、青年の妹たちの策略によって引き裂かれそうな状況に。

そしてヒロインは、従兄の牧師にプロポーズされ、ハンサムな青年士官と淡い恋に落ちかけ……と慌しい。

さて、高慢と誤解された屈折金持ち男の恋は実るのか?

姉と好青年の愛の行方は?


……そのまんま、ハーレクインです。すれ違う二人、屈折した恋心、男は金持ち。

ハーレクインの源流を見た気がするよと、読みつつ感心。

ところで、この作品は1813年の刊行。

恋物語の基本形は変わりませんな。











塾の前日

人間、やれば出来るもんだと、課題の『最終回』2パターンを読み返しつつ感心。


土日は頭を抱えたまま何も浮かばなかったので、平日の夜をフル活用、ギョーザで精神統一、酒を一滴も飲まず、漫画も読まず、なかなか楽しい一週間。


だからといって、出来上がったものが二編とも素晴らしいかどうかは別。

やけに差が激しい。

「地震でイケメン人喰い男子高生とスリーサイズオール100の決着はうやむや、地震と共に二人は消え、残された住民たちは新天地」バージョン。

「勝負の最中に避難所に装甲車が突っ込んできて、上記二人は死亡。自治会長サラリーマンはその悲劇を魂に刻みこむ。さて、その後、彼の治めている町はどうなったかというと……」バージョン


読み比べると、差が歴然。

二編書くと書いた以上、二つとも提出するべきだろうか。

しかし、人様にお読み頂く作品である以上、欠陥があると分かって出すのもどうか。


ちなみに、その差の激しさはどこから来ているのか、我が作品でありながら、冷徹な目で読み比べる。

カメラワークの動き、風景、状況説明。

ダメな方は、何だか単調。流れがダラダラで、ああそう来たかというオチ。

そうでもない方は、テンポや切り口、視点がまだ上。

落語の「茶の湯」のように、オチを第三者から語らせる、いつかはやりたかった手法。


せっかく書いたんだし、という気がしないでもないけど……良いほうを出すか。

それを却下されたらどうしよう。









課題と料理

悩んでいる時は、歩くか単純作業か。

足を動かすか手を動かすかで、脳を連動させて何とか考えを浮かべようという狙いです。

今回は走っても浮かばず、歩いてもぶち当たり、仕事をしていても真っ白け。


仕方が無い、アレをするか。

と、いう訳で始めるのはギョーザです。

時折、恐ろしいギョーザ欲に襲われます。ギョーザで酒が飲みたい。

通勤路の途中にギョーザ専門店があるのですが、毎日満員。

しかも丁寧過ぎる焼き方のせいで、出てくるのがたまに遅い。

なんでギョーザ腹を抱えて専門店に入りながら、漬物と小鉢で腹を膨らませねばならんのよ。


そんな悲劇を回避するには、家で焼くしかない。

ついでに浮かばないアイディアを搾り取るため、単純作業も行おうと始めるのがギョーザ包み。

餡、それ自体は割とシンプルです。ニラとキャベツと豚肉、ネギとショウガ、塩コショウに醤油、ラー油をぶち込んで混ぜる。

後は出来合いの皮に、餡を入れて包めばいいだけ。

ただねえ、面倒くさいのよ。

一個一個包むのがねえ……ちまちまと。しかし、今はこの単純作業が必要。

ちなみに、ギョーザと赤ワインは結構合う。


結果、ギョーザ75個を包んだ末に、ようやくおぼろげなイメージが出来上がる。

ああ良かったと、ギョーザを冷凍しながら安堵する、と言いたいけれど。

ギョーザで60分という貴重な時間を使ってしまった。タイムリミットが狭まった。

明日は必死だね、こりゃとため息。

結局、最後まで余裕というモノから遠いままで終わりそうな課題です。


最終話

よくよくよくよく考えたら、今まで書きためていたのは、ほぼ短編。

長編も何度か書いていたけど、連作短編という体が多かったので、本当にそれらしい「最終章」というのをほとんど書いたことがない事に気がつく。


読む事、書く事は似ているけれど違う。読んでいるからスラスラ書けるわけでもない。


参ったねえ、と悩んでいる最中です。異なる結末を二つ書くのは、頭には浮かんでいるけどなかなか文章化できない。誰の目線を通すか、どの風景を切り取るか、私の話の作り方のイメージは、バラバラの破片を拾い集めてつなぐ作業ですので、元となる破片を選別するにも悩んでしまう。


全く……誰だ、ラストに装甲車を突入させろなんて言ったのは。

装甲車を避難所に特攻させるとしたら、運転手は誰だよ。無人か? AIか? そう言えば、中東で無人の装甲車が開発されたとか聞いたような聞いていないような……じゃあ日本でも当然、同じ構想はあるよな。作るとしたらナントカ重工かな。


タイムリミットが近づく中で、最終回を妄想中。