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陶磁器と文鳥
日々の雑文、カキモノをしている悩みなど
駄文更新

ブルーレイプレーヤーの調子がおかしくなった。

DVDは再生出来るけど、ブルーレイは出来ない。なんでやと調べたところ、ブルーレイとDVDって見た目はとにかく、再生するための変換する部分が違うらしい(うろ覚え)

クリーニングしてもダメで、メーカーさんに問い合わせたところ、一時的な誤作動かも知れない。でも修理に出せば、分解しなくちゃだから10,000円以上はかかるよときた。


そしてネットフリックスの動画配信生活がスタートし、気が付いたらTポイントが貯まっていまして、これを流用すればやっすいプレーヤー購入の足しになると踏む。

買い直す決意は98パーセント。でも一度再生してみるか……と、三ヶ月ぶりにスイッチを入れる。

10回に一度しかプレーヤーで再生できず、観るために30分は費やす『山猫』を入れて再生。

……え? 再生できるじゃん。しかも一発で。

何が起きた? 

手の付けられない、金髪改造制服ピアスで顔が金属だらけのヤンキーが、黒髪に第一ボタンまできっちり留めた制服姿、艶やかな紅顔で登校してきたのを見た担任教師の気分。


この事態に考える。モノには心がある。付喪神っていうしな。

しかし、このプレーヤー買って4年だわ。まだ付喪神宿るには早いだろ。

でも、故障するにも早い。

機械って分かりませんな。





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最近の頭のなか

仕事中は、カキモノの事はほとんど考えない。

ミスっちゃ困るし、それに脳みその中にメリハリをつけようという狙いです……てことで、考えているのは勤務時間以外。

ふと、気が付いた。

連作短編なので、色々と考える場面やネタは変わるのですが、最近頭の中に思い浮かべているほとんどがホラーだなと。

メンヘラなストーカーに、女を食い物にしている男に、死体埋めてるとか幽霊屋敷とか万引きとか冤罪とか汚部屋とか、絞殺とか、そして今は呪いに死体遺棄。

こんな事を、通勤電車で、買い物をしながら、そして家の中でずっと考えている。

……嗚呼、最近女子力が落ちている気がするのは、このせいかしら。

やっぱり、レディは華やかでロマンチックで美しいものを嗜み、心に住まわせないといけないものなのに……


なんて言ってたら、間に合わんわい。

しかし今、どこかの超能力者に頭の中をのぞかれたら、通報されるかな。

ああ、良かったです。周囲に超能力者いなくて。







もう逃げられない

連作短編、書いている話が終わりに近づき、次の話を考えないと……というか、思いついていないんかい! と己にツッコミ。

しかしねえ、これもいつものパターンですよと嘆くもう一人のワタシ。

大体、あああ、どうしようと転がりまくってようやく思いつく、じゃないですか。

ギリギリでないと浮かばないのか、転がるのが一つの儀式に繋がっているのか、どっちにしろ今回もそのパターンですよ。

ああ、ついでにいえば、思いついた話が書き進めるに従って、思っていたのと全然方向になっていくのもよくあるパターンですね。


一度くらい、心安らかに書きたいよねえと思う。

道筋もオチも、きっちり出来ていてさ、思い通りのペースで方向で話も進む。

狂いもなく、転がることもない心穏やかな書く時間……。


しみじみと想像にふける私の中で、もう一人のワタシのツッコミ。

「それって、完全趣味小説でも実現したこと無いじゃん。読者目線抜きでも転がるし、狂うし、ストーリーの方向もあさってへ暴走だし」

そうだった。

もう、このパターンって完全な型よ。逃げようにも逃げられないわな、

変えるには、DNAから始めないとじゃないの?

自問自答の末、情けない結論です。





ねじ込むか否か

おおっこれは使いたい! というシーンがあります。

映画とか観ていて、これは使える、使いたいと思う場面。話を思いついてから「お、あの場面使わせてもらえる」とほくそ笑む。

色々ありますが、キング原作の映画、井戸の中に捨てた妻の死骸にネズミが群がっているシーンは素晴らしい。

死体遺棄……今回考えた話なら使えるやん! と万歳していたのですが、書いている内に何だか話の方向が変わっていく。

良くある話ではあるんですが、この機会を逃したら次はいつ、この部分を使えるか分からん、いっそねじこんでしまえ、と乱暴に発想するも。

まあ待てよ、ともう一人のワタシ。

食材が余っているからって、モッタイないで何でもぶちこみゃ良いってもんでもなかろう。

お料理の味が変わったらどうするの。

しかしですよ、ここで使わなくて、いつ使うのってあるじゃん。

でも待てよ、説得力はどうよ。

独り脳内会議です。


ちなみに、私にとって使いたいシーンでベストに入る場面ば、「オーメン2」ホッケー中に割れた氷の中に落ち、氷の下を男性が流されていくシーン。

下から氷を叩いて助けを求めているんですよ。うわわ。

……でもこれは、難しすぎて使えない。

大好きなシーンなんですけど。

駄文更新:想像中

何とか展開をひねり出し、何とか書き進めているのですが、ああ、自分以外の人間の脳みそを書くのは、なかなか面白いけどコワイ。

何せ、自分じゃないので「こういう風に考えるのか?」「はて、こんな想像をするんだろうか」と、手探りで他人の頭の中身を描いているのです。


人間ってものは、大体の行動パターンがあるから、それさえまあ、踏まえれば……とも思うけど、そりゃあ安直といわれりゃそうだし。

と、いうわけで、今想像しているのは、家族を殺しちゃったんだけど、それを親に言い出せないという人の頭の中です。


うーん、自首するって勇気がいるんだなあ。

そりゃあ、なかなか言い出せないよな。

妙なところで感心中。

面白いモノ取りこぼし

出遅れてしまった。


先日、モンティ・パイソンを初めて観た。

漫画の中や小説や、エッセイの中でたまにネタとして出てくる、イギリスのコメディアングループですが、実は名前しか知らなかったんですね。

……やだよおい。

観た後、突っ伏す。

観たのは『モンティ・パイソン人生狂騒曲』出産だとか死だとか、人生の局面を不真面目におちょくったコメディ。

恐ろしいほどブラックユーモア。悪趣味すれすれの面白さ。子供に見せちゃいけませんなオンパレード。思い切り私の趣味にホームラン。

戦争ど真ん中、前線で銃弾が飛び交う中で、部下たちに贈り物をされる上官だの、子だくさんと避妊を絡めて、カトリックをおちょくるコメディだのと、素晴らしすぎる。

何で誰も教えてくれなかったんだと、世界に八つ当たり。

何でもっと早く観なかったんだと、鏡に映る自分を引っ張り出して殴りたくなったほどで。


面白いモノに出会うと、物凄く嬉しいんですが、悲哀を感じるようになりました。

何でもっと早く知らなかったんだろうなあとか、多分こうやっている内にも、色々スゴイものを取りこぼしているんだろうなあとか、全部拾い上げられるのは、難しいんだろうなとか。


とりあえず、せっせと観よう。

それにしても、こんなに面白いのに、何で私の周囲にパイソニアがいないんだろう。

……これも不運の一つですね。




骨董:考

その昔、古いものが好きなのはそういう星の元に生まれたからだと、占いで言われる。

最高なお告げでもありませんが、別に悪いことじゃない。

骨董品好きは世間に十分認知されている趣味だし、困ることがあるとすれば、まあせいぜいコレクションが増えてスペースに悩むくらいのもんだ。

子供がいないから、私が死んだ後どうしようかと悩むくらいのモノ。

葬式の香典返しに、お茶じゃなくてマイコレクションを配るという手を考えたら、もらったら、そっこーヤフオクで売ると皆は言いやがった……全く。


で、最近「美術品とか、骨董の楽しみって、知識だけのものでもないかもしれん」と「ミッドナイト・イン・パリ」で観て思ったのです。

小説を書こうとしている脚本家の主人公が、敬愛する小説家や芸術家たちが生きていた1920年にタイムスリップし、大はしゃぎするというお話。

その中で、主人公と同じ時代の鼻持ちならない知識人がぶつ芸術作品についての講釈を、その作品の本当の経緯やエピソードを知っている主人公が『違うよ』とバカにするシーンがあります。

ピカソの絵について、崇高な解釈を垂れた知識人。

でも、タイムスリップしてピカソに会っている主人公は、実はその絵がピカソのお下品な視点によって描かれ、当時は散々悪評にあったのを直に見て知っている。


でもなあ、骨董品もそうですが、もう作った人は死んでます。

残された作品や記録を元にして、あれこれ想像するのが、鑑賞の楽しみでもあるなと。

あれこれ解釈するのが楽しいんだから、真相は違うって馬鹿にすること無いじゃん……と、ちょっと知識人が哀れに思えたのも事実。

とはいえ、私が集めているのは蕎麦猪口とかポット。別にそんな難しい事考えて集めているわけでもないんですが。


ところで、もしも私が1895年頃アールヌーヴォーの時代にタイムスリップ出来たら、街に貼られたアルフォンス・ミュシャのポスターを、片っ端からはぎ取って持ち帰るだろうな。


子供ってコワイよな

中学生というもんを描いているので、己の中学時代というモノを思い出しつつ書いております。

さて、私の周囲や誰かの名言を含め、中学~高校時代というモノを現わすならば。

『あんな恥ずかしい時代は無い』

『我が人生における暗黒時代』

だ、そうです。フィクションにおける青少年というのは、若いという瑞々しさと初々しさ、純粋さでもって、年長の人に『忘れかけていた過去の美しい時代、及び己の純粋なココロ』を取り戻させてくれるファクターとして活躍するもんですが、現実の青春とは、人生で最も恥ずかしい時代として、アルバムのなかにそっと封印されるものらしい。


んで、中学生女子ってもんを描いているんですが。

中途半端に大人の知恵や理屈を持ち、その一方ではノータリン。だって経験値が無いから、共感力と、危機回避能力が足りない。

経験値の無さは、読書とか人の話である程度は補えるけど、人間、所詮自分の頭の範囲内でしか判断も想像も出来ないから、完全では無いし。

結果、やな中学女子を描くことになりました。

まあ、ホラーですから良いのよ。爽やか系の純粋な良い子は、青春小説に任せよう。


そうですねえ、と私も中学~高校時代をを思い出す。

結果どころか、積み上げた財産も無いくせに根拠なき自信、湧き上がる自己顕示欲と暴走する虚栄心。

若さとか、将来という担保は万能だわ、すげえわ。

しかし、その若さという担保はすり減っていき、代わりに実績という担保を作んないと、社会的な信用は勝ち取れないの……うわわ、コワいなあ。


子供の純粋さって、いわば「人生経験値というデータが少ない」状態をいうのでもあるし。

データの少なさが、人間が元々持っている善の性質を汚さない結果につながるのか、それとも逆か。


そんな事を考えていたら「トウモロコシ畑の子供たち」を読みたくなった。

でも、ハイスミスの「すっぽん」といいい、子供の純粋さが残酷な結末につながる作品て、物凄く後味悪いんだよねえ……。

好きだけど。


コワイ性格

とりあえず、コワイ性格というのを考えている……書いているの、ホラーですから。

コワイ人かコワイもの出さないと、ダメなジャンルですから。


積極的にコワイ人っています。

他人に対して攻撃的、見下し気味、でもって劣等感の闇と優越感の毒、面倒なものを一緒に抱えているタイプ。

自分を脅かす、もしくは目に入った相手は潰したがる。支配したがる、そういう人の攻撃対象になるのって、すっごくコワイ。

人間関係という災害に巻き込まれたようなもん。


で、もう一つは被害者意識の塊。

仕方がないんだ、そうするしかなかった、自分が悪いのではなく、運が悪い状況が悪い。

どちらかといえば、気が弱いんだろう。流されていくタイプです。

松本清張の『鬼畜』に出てくるお父さんが、こういうタイプですね。愛人作って、愛人と流されるままに子供も作って二重生活。その二重生活が破たんして、愛人に子供を押しつけられて逃げられ、本妻に子供を捨てろと詰め寄られ、子殺しの罪を犯す男です。

大人になってこれを読むと、流されタイプの自覚の無い残酷な思考回路が深い。


なんて、ずっと考えているヒマは無い。

ああ、次に書く奴は、どんな性格にすりゃ良いんだ……。


核がいる

今書いているのは短編なのに、なかなか話が進まないのは、話の『核』が抜けているせいだと気が付く。

そう、登場人物や相関図は出来ている。

今後起きるトラブルも考えている。

でも、トラブルはあるだけでは話に発展は無い。トラブルがどう引火し、炎が燃え広がるかを考えねば。

いやはや、それよりも「この話で使ういやああああなイメージの場面メイン」を思いつく必要あり。

ふう、甘かった。

骨組みとキャラクター設定さえ出来ていれば、何とかなると思ったんですね。

しかし、問題の根は深い。話を作り上げるための『妄想』の種が出来なきゃ困るじゃないのさ。


脳内妄想や話のストックを、大慌てでひっくり返している気分。

しかし、それが果たして「面白い」「コワイ」かは分からない。

でも書くしかない。

とりあえず、期日に間に合わせるのが先。

書け、そして出すんだと、それが全て……とは言いたいけど、やっぱりどうなるか、不安ですなあ。