陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
持ち腐れの才能
知人に、恐ろしい奴がいた。

高校の美術の時間、油絵で名画の模写をする課題があったのだが、そこで知人はレンブラントの肖像画を描いた。
・・・・・・それは、模写ではなかった。

贋作だ。

イヤ、よく見れば手の描き方とか、細かいところにレンブラントではない、知人のクセが出ている。
でも、男の顔の表情や袖のレース部分、光の陰影など、どう見たって高校生の作品じゃない。

その知人は模写の才能があった。あんな不思議な人体の関節、荒木飛呂彦の絵をトレースできる人間なんか、初めて見た。
自分のオリジナルの絵を持っていなかったが、ここまで見事なトレース能力は才能と言って良い。

その数年後、やはり才能をそのまま温存していた知人に私は言いました。

「就職が難しいなら、漫画家か絵描きになろうよ。美術館でたまに名画の油絵の模写を売っているけど、あれ高いんだよね。それおやり。もしくは二次創作。二次創作ってさ、特にエロなら絵がオリジナルに近いのも、重要なポイントだし」

答えは一言「そんな気ないよ」

「絵は描けるから描くんであって、仕事にしてやりたいってほどでもない」

世界が青ざめるほど驚愕しましたね。
私にとって、喉から手が出るどころか、腹を突き破って出るくらいに羨ましい才能、そしてその使い道に、何の価値も見出していないこの知人の頭をかち割って、脳内を見たくなったし。

結局、知人は絵の方には全く別、かすりもしない方向へ。

才能があるとは、その結果を出した人をいう、とは言いますが、世には案外、こんな風に持ち主の「そんな気ないよ」で埋もれ、外に出なかった才能がたくさんある気がする。
なんだか、むなしいなあ。

ところで、参院選はこの結果になりましたが、去年の夏、あんなに騒いでいた『自由と民主主義のための学生緊急行動』のシールズは、どうなっているのでしょうかね。

まあ、選挙へ行こうと訴えていたことだけは、彼らと同感だったな・・・・・・。
スポンサーサイト
コメント
コメント
最後に物を言うのは「覚悟と志」
こんにちわ。いつも楽しく拝見しています。

「才能」・・・いろんな捉え方ができると思いますが、黒澤明監督は「僕は才能なんかないよ。過去に見た映画、聴いた音楽、読んだ本を覚えていただけだ」と言いました。「創造は記憶だ」とも言ってます。

いろんな才能がありますが、クリエイターのような世界の場合、目標と言うのは「見果てぬ夢」だと思います。地平線のような物だ思います。地平線ってどこまで歩いても距離は縮まらないでしょ?どこまで行っても地平線は地平線です。

そこへ向かっていくのはほとんど徒労に終わるでしょう。大事なのは出来たか否かではなく、どれだけ自分がやったかやらなかったかだと思います。
自分はダイヤモンドでもなんでもない、ただの小石だ。でも小石だって磨けばちょっとは光る。そう思い込めるかどうかで最終的には決まるように思います。

才能は大事だけど、もっと大事なのは「志」ではないかと思います。どれだけ覚悟できるか、肚を括れるか・・・人生を棒に振る覚悟、人生を投げ出す覚悟が持てるかどうかだと思います。

そのご友人は絵と全然関係のない方向へ進まれたそうですが、どんなに上手かったのかあからないけど、そんな奴はゴロゴロ世間にはいます。
小学生だって「天才だ」「神童だ」と騒がれて本人も結構その気になってるけど結局は凡才だったなんてザラにあります。本人が絵なんか好きじゃなかったかもしれないし、そもそも大した才能でもなかったのかもしれません。

また才能があればいいってもんでもないですよ。誰をも包み込む優しさも才能なら平気で人の心をズタズタにして自殺に追い込んで平気な冷酷さだって才能です。だから才能があればいいなんて僕は簡単に思わなくなりました。

才能の有無よりもどれだけ自分を投げ出せるかの方が大事だと思います。愚直さって案外才能よりパワーがあるかもしれないですね。

頑張ってください。健闘を祈ります
2016/07/12(火) 19:34:05 | URL | 中島浩光 #AH9/n9xo [ 編集 ]
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
http://miho1130929.blog.fc2.com/tb.php/116-f87d5f51
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック