陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
友情と笑い
10代の友情というものは、お互いが一体化しているような、一種恋愛関係のような感情を抱くものですが大人となるとそうはいかない。
自分と他者の区別がつくのが大人なのよ、それを前提にして築くのが友情ってもんよ。

その昔、読んだ小説で『おおっ』と腑に落ちたことがありました。
友情と恋の違いって、価値観を共有できるかどうか。
恋人は、価値観を共有して同じ線を歩きたくなる、友達は違う価値観を認め合い、平行線の上を歩くのに抵抗が無い。
恋は自分と相手を一つに溶け合わせたくなるが、友情なら二つのままでお互いを静かに認めていられる、と。

おおおと思いました。藤本ひとみ先生です。
『夢美と銀の薔薇騎士団』シリーズの中の一節でした。私の中では名言です。素晴らしい。
ちなみに、ワタクシこの方の小説を愛読していたせいで、カレシ作るのが5年遅れました。いまだに後遺症で、理想の殿方とは二次元にしか存在しないと思っています。
どうしてくれる。

さて、私の中では『笑いのツボ、人の悪さ加減は同じかどうか?』が選別基準に入っておりまして・・・・・・

あれは数年前夏、京都での事でした。

友人と二人、昼飯どうするとか相談しながら先斗町を歩いていた時の事。
ある料亭からどやどやと初老の男女が10人程出てきました。おじさん達は昼酒飲んだらしく、ゴキゲン。男女比から見て、同窓会だと思った私でした。

「来年も会おうなー」
「次どこ行く? 決まってんの?」

ああ、やっぱり同窓会だね。そう思いながら、私たち二人で、道を占拠するオジオバらの間を突っ切ろうとしたところ。

「お客様! お忘れ物ですよ!」

料亭から走り出てきた店員さんです。手に持っているのは『写真が入った額縁』でした。
おや?と顔を合わせる私たち二人。
あのー、あの写真って、大きさから見てもしや・・・・・・

集団の中のおばちゃんが叫ぶ。
「ダメじゃないの!●●さんを忘れるなんて! 泣いてるよ!」
「あかんやないの!」
「いやーごめん、ごめんなあ、すんません」写真を受け取りながら、へらへら笑う酔っ払いオヤジ。

仲間の遺影!?

あんたらひでえよ、私なら化けて出るぜと、同窓会集団の背中を見ながら、灼熱の京都先斗町で腹を抱えて笑った私たち。
遺影を持って同窓会にやって来ておきながら、忘れて帰ろうとしたその薄情さ、友情の梯子の外しっぷりが見事に腹にヒット。

さて、この話をしたところ、見事に感想が二つに分かれるんですね。

「ひどい話」と大笑いする人と
「何で? 遺影を持って来てくれたのよ、その人、良い友達じゃない」という人。

・・・・・・笑いのツボ、これも相性を語る上で大事だなと思った次第。

いや、この話に笑わない人は、性格的に真面目な良い人なんですね。

ただ、私個人に限って言えば、友人に脳内同士(勝手に私から一方的に好かれている人)は、全て『心の闇の濃度』が同じくらいかそれ以上。

書いていて気がついた。

そういえば、我が友人って「分かりやすい善人タイプ」がいないぞ。
あっちも同じ事考えているんだろうな、そりゃいいな。















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友情、笑いのツボ
とっても面白いテーマとお話でした。

友情は・・・これは男の友情と女のそれは違うだろうなと思います.どっちがいい悪いじゃなく違うと思います。

例えば「徒然草」。あれはまさに女の価値観、女の友達観だと思います。
女は現実で物を見るような気がしますね。友情ですら、どこか天秤にかけているようなところがある。
どこか損得勘定で見ているのではないかと思うことがあります。

男は違います。他にどんなに欠点があっても、1つ認められるところがあれば認めるんです。
自分がこいつは友達だと思ったら友達で、そいつが泥棒だとうが、極論を言えば人を殺していても、痴漢やっててもいいんです。

10のうち1よければ男は、その1だけで評価しますが、女は10のうち1よくても、あと9が駄目だったら認めないように思います。

「お前はバカだけど、男らしいから認める」というのが男。
「あなた男らしいけど馬鹿だから駄目」というのが女・・・・

勿論これは一般論で、個々に見て行けばいろんな人がいますから一括りにはできないと思います。

ただ1つ断言できるのは男の友情の示し方は一方的です。
友達が辛い時、何かしてやる。それも何かしてやったと思う必要はない。
友情は自分から示すもので、相手に求める物ではないと思います。

時々、「お前が困ってる時は助けてやるから、俺が困ってる時は頼むな」みたいなことを言う奴がいますが、そんな取引のような、保険をかけるような、そんな友情は犬に食われろ、そんな物が友情ならない方がマシだと思っています。これは普通の男ならたいがいそう思うんじゃないかな・・・・

次に「笑いのツボ」ですが、これはよりによってこんな時にという状況に潜んでると思います。笑いは悪魔です。

緊張を強いられる場所に笑いのツボがいるように思います。
例えば結婚式、そして葬式、この2つは笑いのツボの宝庫だと思います。
葬式なんかだと、お経をあげているお坊さんの頭にトンボが止まっただけで笑いを堪えるのに七転八倒すると思います。

ここでは絶対笑ってはいかんという状況に笑いのツボはいるのだと思います。南無・・・・
2016/07/17(日) 01:02:55 | URL | 中島浩光 #AH9/n9xo [ 編集 ]
Re: 友情、笑いのツボ
ひろみつ様。

あ、男女の友情に違い。確かにそれ言える。

あくまで個人的感情に沿って言うなら、友には現実的な天秤というか『少なくとも常識人であれ』が私の条件。
一つ評価できれば、ダメ人間であっても友達としてオーケーという気にはなりませんね。
ちなみに、友情は自分から示すが、相手には求めないというのは共通かな。と、いうか大人ならそれが正しい。

ちょいと周囲に聴いてみましたところ、ダメ人間はカットという友情選びついては、男女の違いというより、現実的か否か、らしい。
プラス、私には人の悪さが加算されますが。

笑いのツボ・・・・・・そうなんです。特に葬式はヤバいです。

私の中での「葬式傑作選」に焼き場編があるのですが、この真っ黒な笑いを語るには、流石に人を選びます。
今のところ、笑いの共有が出来たのは1人だけです。
黒かろうか何だろうが、笑いを共有できる人材がいることに、まあ感謝ですわ。








2016/07/18(月) 21:29:39 | URL | みほ #- [ 編集 ]
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