陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
霊感があれば
実は、ちょっぴり期待していたのですこの夏。

人形塚の家、怪談の魔のスタッフとしてお手伝いする間に、怪異をこの目で見れるのではないか。
霊感全然ナッシングのわたくしでも、9体(10体?)もいわくつきのお人形効果さえあれば、何かひとつくらいヒットがあるかもしれない、と。

イヤホント、見たことないですね。
高校の時、一度きり「らしき声」を聞いたことはあっても、実際に目で見たのではありません。
ありがちな『白い服着た女が』『黒い影が』なんて本当に見たこと一回もない。

数年前は、それでいいと思っていました。
だって、わざわざ見たくないじゃん。怖いじゃん。

しかし、今は少々事情や状況が違う。

作家志望なのよ、ネタになるのよ、プライベート怪談会に出たいのよ。

周囲の人間も、どうやら似たもの感性が集結してしまったらしく『視たことアリ』が一人としていない。
下っ端から管理職まで取材として聞きまくりましたが、ダメですねえ。
じゃあねつ造しろ……それですが、やはり実話とでっち上げは違うんですね。実話は想像力の外にあるディテールがあって、どこかがねじれている、そのリアルさ。

先日、元霊感持ちに会って『最近どうだい?』と聞いてみたら
「仕事が忙しくてそれどころじゃないわよ。例え見ていても気がつかへんわ」

幽霊を見るには、心に余裕が要ることを初めて知ったよ。

霊感欲しいなあ……10代の頃は本気で思ったこともありますが、そして最近もちらっと思うのですが。

でもさ、高校の頃にいた霊感少女、京都の化野や神戸の異●館、あんなとこやこんなところ、怖いものが視えるから怖くて行けないとか言っていたな。

ふむ、遊びに行く先が限定されてしまう。そう思うと不便だな。
やっぱりやめておこう。

あ、塾のSF担当にトンデモ企画を一緒にどうだと、持ちかけられてしまいましたが……

うーーん
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本物は生々しい
ごきげんようです。

僕も霊感皆無です。見えません、聞こえません、感じません。
ほとんどの人はそうだと思います。
でも、そのいわゆる平々凡々な人間が日常をおくっていて、ある瞬間前触れもなく非日常に出くわす、そのギャップが怖いのだと思います

僕自身怪異談を集めていて思うのは中山先生も言われてるように、本物は話としては下手くそだし、意地悪に突っ込み入れようと思えばできるんですが、どこかそれを許さない説得力。
「ああ、これは作って出来る話じゃないな」と思う生々しさ、怖さ、不可思議さがあります。そしてオチが無い、結論が無い。

「新耳袋」を読んだある作家が「この本に書いてあることが嘘だとは思わない。何故なら、もしこれが全部作り話なら我々プロの作家はオマンマの食い上げだ」と言った、それに尽きます。

話の辻褄や整合性より、作れないリアリティ、生々しさ、怖さ、不可思議さが大事なんでしょうね。
2016/08/27(土) 10:20:26 | URL | 中島浩光 #AH9/n9xo [ 編集 ]
Re: 本物は生々しい
中島様

その生々しい、非日常というものを体験したいと思っていたものですが……好奇心ですね。

新耳袋の、あのリアリティに触れたときの新鮮さを今でも覚えています。生々しいオチの無さ。小説ではまず無理です。オチを作るのが小説ですので、それとは真逆にあるものでしょう。

ホラーにはオチがありますが、怪談には無い。そんな気もします。

それにしても、10代の頃には掃いて捨てるほどいた、霊感少女たちは一体どこにいったのやら。
今はそれが謎です。



2016/08/27(土) 22:29:45 | URL | みほ #- [ 編集 ]
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