陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
遊び心とポットフェチ

趣味であれ、好みであれ、誰しも一つくらい他人には分かって頂けない領域をもっておりまして。

言われたことありませんか?「へーそんなの好きなの? わっかんないなあ」


まあ、そうでしょうね。愛とは時として、その当事者ですら起源の種が分からん、説明とかレッテルを貼れない場所から発生している熱情というもの。

これが人に対してなら『恋』といい、モノに対してなら『物フェチ』という。


と、いう訳で私は食器、特にお茶のポットを愛しておりまして。

そのコレクションは50はあるでしょう。二人世帯にはポットの数が狂っていると、流石に亭主が気が付いたようです。

「そんなに数がなくてはならんもんなのか?」

「紅茶ポット一つとっても、アッサム用にダージリン用にセイロン用にアールグレイ用にアップルにブレンドと、使い分けなくてはいけないからねえ。日本茶にしたって、煎茶用に番茶用にほうじ茶用に……中国茶なら、東方美人に四季茶に文山包種に龍井茶と」

「俺、茶の事分からんし」


……ふっ。無知とは人に騙されるものなのです。知識は大事よ。


食器というのは、日用品でありながら、時に美術品でもありまして。しかも絵や彫刻とは違い、手に取って使う実用性まで備えています。見るだけではない、使える芸術なのです。

特に私が愛しているのがお茶用ポット。


皿やカップよりも複雑な造形、とくに蓋のつまみや取っ手、注ぎ口という部分には、いかに手に馴染み、持ちやすくするか。そして注ぎ口のお湯の切れを良くする角度や口の工夫。

工夫だけではない、そこには装飾の可能性を秘めています。


マイセンやヘレンドの、薔薇や蝶、時には動物をかたどった蓋のつまみは、小さい分細工が精密で、人の手仕事の素晴らしさに感嘆するほど。

取っ手や注ぎ口には、木肌を描いた線が流れ、時には中国人の人形と一体化していたりと、随所に遊び心がみられます。

金彩と、花々などの華やかな絵付けが施される、ポットの本体部分。

ウエッジウッドの、機能性と華やかさを兼ね添えた独特の丸みを帯びたフォルム。

中国茶器なんて、茄子の形やザクロの形、カボチャにリスの顔が覗いているなど、遊び心の宝庫。

青磁もありますよ、蓮の浮き彫りに龍のモチーフ、あ、瓜の形もある。


見ていて面白いんですよ。食器の中でも特にポットは機能性と装飾性、そして遊び心がふんだんに詰め込まれているのです。集めたくなるじゃないですか。

ティーバックにする気、失せたでしょ?


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