陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
煮詰まり中

作家志望の者は、中山先生から教わっているはずです。

「話を転がせ」

要はストーリーである。どんなに文章が上手でも、ストーリーが大事なのですよと。

「作家志望は、すぐにテクニックとか文章作法を問題にするけど、問題は話の運びやで。面白い話が出来るかそうでないか。テクニックなんて、書いとる内にそのうちついてくるわい」

はい、そうですわね。

「何を書きたいのか、自分が訴えたいものは何なのか、テーマ、その『核』が大事や」


えー、その核とは別に自分が書きたければ、それでいいそうです。

『エロを! もっとエロを!』だろうが『血塗れを‼ 生首ぶっ飛ばせ!』だろうとも。

ちなみに私のテーマに『人類愛』はない。


今回書きたいテーマというか、追及しているのは課題もどっちも

「R-18、血塗れサディスティック」

「えぐすぎて映像不可」

「人間をどうやって美味そうに描くか」


文部省推薦からは、程遠い内容であります。書いている本人は、文部省推薦人格高潔聖人であるので、人間の中身とは不可解なものであるの典型といえましょう。


まあ、それは置いといて。


テクニックは二の次だよと仰った先生ですが、実は結構その辺り、私はは悩むのであります。

特に、場面転換と視点。


三人称で書く場合は、結構これがネックなんです。ABCと三人登場人物を出している場合、この三人の目線、カメラを切り替えるようにして話は進行するのですが。

さて、どのあたりでカメラを切り替える?


単純に言えば、そう順序良くABCと続くようにはいかんのです。ACBの事もあれば、CBAのパターンもある。

そして、一番の問題。

このエピソードは、この三人の中の、誰の視点にしたら一番効果的か?

喰われる立場のAか、喰う立場のBか、それとも目撃者のCか。

それに、登場場面の配分という問題まで出てくる。

Bさん出過ぎ、とかさ。


一番その点で書きやすいのは、一人称『私』『俺』でしょうね。

視点が固定しているから、混乱せずに済む。

感情移入もさせやすいし。


……でもさあ、やな奴書きたかったのよね、やな奴に振り回される視点も欲しかったのよね、小説書くって、頭の中で登場人物の演技しているところあるから、色々な俳優使うの面白いし。

でも、このコツさえつかめれば、あなたは三人称自由自在、悪から善まで、頭の中でなり切れるのよ、おほほほ。


『場面転換』『カメラ切り替えのコツ』おおっこれ、講義のテーマに使えないか?


いつも授業脱線どころか、橋から落下のカサンドラ・クロスの危機に追いやっていますからね。

たまには、真面目なテーマを提示しないと。


このままでは、作家志望という立場そのものが忘れ去られてしまう。












スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
http://miho1130929.blog.fc2.com/tb.php/181-c1e8805a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック