陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
やな奴の書き方
日常生活、身近な場所に存在して欲しくありませんが、ストーリー上はいてくれなきゃ面白くない『悪役』
主役の前に立ちはだかる、人型の障害。
それが話を引っ搔き回してくれて、味を引き締めて下さる。
プリンを作る時、塩を一つまみ入れるみたいなもの。

書いていて楽しいキャラクターでもあります。
一度授業に、『主役と悪役の動かし方』この話が出たことありますが、主役よりか悪役の方が制約がないですからね。
好き勝手出来る。

しかし、悪役にも書きにくいのと、書きやすいタイプがありまして。
日常に転がっている「ちょい意地悪」は書きやすいんですよ。
言葉で人を傷つけるとか、陰口叩く人って、言動や態度が意地悪いというよりも、単なる「考え無し子さん」であるケースが多い。
ついでにいえば、言う相手を間違っているとか、言葉のチョイスが悪いというケースがある。

例えば、他人のお気に入りの洋服に対して『似合うね』と言えば良いものを『いつもその服着ているね』
なんて言うケースとか、上司から食事に連れて行ってもらう予定の後輩に対して
『あの上司は部下に対して、えこひいきが過ぎる』などと言ってみたり。
いや、それ言うなら後輩ではなく、上司に言ってくれですが。
まあ、そこが分かれば……考え無し子さんは結構書きやすい。

しかし「サイコパス」はなかなか想像力が要ります。
善意を持たない、共感性に乏しい反社会的人格障害。

小説、映画だけではなく、ノンフィクションも読んでキャラ造形を作るのですが……ノンフィクションの場合、サイコパスを見たり取材したりした、ライター側の視点がほとんど。
サイコパスそのものになれるわけではないので、そこのところ頭の中で補完するしかありません。

しかし、中には、犯罪者が自ら書いた伝記もありますが、読んでもどうもスカッとしない。
一応、アレも読んだんですけどね……野菜を壊すって言った殺人犯の本(立ち読みです。印税に加担したくなかった)

心の闇というのは、自分の闇に関しても思うのですが、言語化しきれない部分もありまして。言語にみたら
『まあそうなんだけど、口に出して言えば若干ニュアンスが違うんだよなあ』
そんな部分があります。
心の中というのは、外に出して言葉というラベリングをした時点で、変質するものかもしれない。

ちなみに伊藤理佐さんの描く『おいピータン』という漫画中に、
「もう終わってしまった事の口惜しさとムカつきを、どこにぶつければ良いのか分からない気分」
これを
「愛想の悪い、不味い焼き鳥屋の親父に邪険にされたい気分」
と表した話がありました。

これって秀逸。


















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