陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
大人と対人関係
どうでもよい読書がしたい! 買うほどでも無いにせよ、読みたい本があるのよと、数週間前に行った図書館。
中村うさぎさんの本があったので、借りました。
お断りしますと、この方の本は私にとって『どうでもいい』という中には入りません。

ここまで己を分析し、脳みその中や心どころか内臓までさらけ出し、冷徹に残酷に自分自身を解剖している人は凄い。
ブランド品にホストと、欲望が暴走して、ほとんどパロディ化しているこの方の行動ですが、その元となっているのが己の自意識過剰。
文章によって、その自意識過剰に苦しむ様を、緻密に描写されています。

その中で『他者という病』を読んでいるのですが、この本の中で作者は、ご自分の他者とのコミュニケーションについて書かれています。
この方は言葉に対して、非常に重みと神聖さをおいている方で、嘘や口先だけの言葉は言葉そのものの意味を奪い、殺すものと書かれています。
したがって、自分が語る言葉は全て『本気』
コミュニケーションも、本気の言葉同士の応酬。毒舌ではあっても、嘘も悪意もない。

体当たりのコミュニケーションは、好意と信頼を元にすれば、より深い人間関係を築くことが出来る、とある。

うん、まあ、それって理想ですね。

今からン十年前、同じことを言った奴がいたなあ……と思い出しました。

「友達なら、何でも言い合える事が出来る」
彼女の言い分では、例えどんな喧嘩をしても、すぐに仲直りが出来る、基本は信頼し合っているのだから、というのが大筋。

ひとつ言えるのは、この信頼関係という意味のとらえ方の問題ですわ。
私にとって、人を信頼するって、かなり勇気がいるんですよ。
自分の目の確かさ、器量も問われますからね。

相手の器量や分析力を評価し、自分自身に対するジャッジを、こいつになら任せられる。
もしくは、この場合、あの人であれば、このように行動するであろう、という予測。

これが私にとっての信頼。

この人になら、何を言っても絶対に私を嫌いにならないだろう。だってこんなに仲が良いんだもん。

これって、甘えであって信頼ではないと思うのです。

中村うさぎさんの言葉には、力と本気がある。
私の知人と、中村うさぎさんの言葉は似ているだけで、石ころとブルーダイヤ以上に言葉の深みとパワーは違いますけどね。

ついでにいえば、人に対して『信じていたあの人に裏切られた』というのは、私は感心しません。
自分の見る目が無かったっていうこっちゃ。

しかし、夏に起きた離婚話。

……キミになら、何をしても許してもらえると信じていたんだけどなー
裏切られたよ。











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コメント
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信用と信頼
ごきげんようです。

面白い内容でした。
僕は読書は酒を飲む行為に似てると思ってます。

信頼関係か・・・・・
ズバリ僕の意見を言うと・・・・
損得が全体にあるのが信用、それがないのが信頼だと思ってます
2016/11/09(水) 21:29:46 | URL | ひろみつ #AH9/n9xo [ 編集 ]
Re: 信用と信頼
ひろみつ様

コメント有難うございます。

読書は酒を飲む行為……確かに酔いますね。頭は痛くないけれど、良い本は酔いが覚めない二日酔いもあるし。
信頼関係とは、損得抜きの関係。
あ、確かに友達ってそうですね。

2016/11/09(水) 23:48:02 | URL | みほ #- [ 編集 ]
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