陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
大人とエピソード
話を作るために、人と話せ、エピソードを拾えと教えて頂いておりますが。
はい、確かに。
人の体験談や見聞録は、その瞬間は面白くはないものもあるのですが、その後に思い出して、役にたつものがある。
そのふるいわけはどこに? と聞かれても分からないのですが、聞いておいて損はない。

ただ、これも語る人の上手い下手はありますが、自分と違う職業の人の話は面白いですね。
職場や職種の違いによっては、常識や規則も自分の知っているところと真反対のこともあってビックリだし、意外な知識が手に入ったり。
同じ人間でも、職業が違えば、考えている事も見ている風景も違うと知るのは、実に新鮮。

しかし

これを書いたら、すごくヒンシュクでしょう。
でも、本音を言えば、どーしても私にとって『……面白くない』エピソードがある。

それは……我が子の話

子を持つお母さんの、我が子の話。

うちの子の学校生活、家庭生活のエピソード。レジャーや行事、そういうの。

なぜ、面白くないんだろう。
考える。いえ、話が面白い人もいるのですよ。
ただ、圧倒的多数で面白くない人が多い。
子供がああしたこうした、親である私はこう思いました……新聞の投書欄を読んでいる気分です。

興味が持てないからか? うん、それもある。
可愛い我が子フィルターって、他人には関係ないしな。
子供の話には、毒も無いし、意外性も無いし、オチもないし。
しかも、それが無くても許されるのが『我が子の話』なのです。

正直、プロの作家のエッセイや漫画でも『我が子ネタ』は面白さが減速すること多し。
さくらなんとかさんのエッセイも、お子さんのネタが入ってきたあたりから、何だかなあ……だったし。

もしかすると、我が子ネタで話が面白いというのは、珍しいのかもしれない。
それを思うと、西原理恵子さんの『毎日かあさん』エッセイ漫画はすごいわ。
毒やオチ、意外性と、我が子ネタには珍しいもの、すべてが入っている!

ちなみに、ブログタイトルに、『文鳥』が入っていながら、文鳥のぴーちゃんを話題にしないのは、その辺りを参考にしているからです。
溺愛どころか激愛ですもの。
毒どころか、オチもないわよ。
いいじゃん、可愛いんだから。






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コメント
コメント
創造とは記憶である
ごきげんようです。

様々な立場、職業の人の話を聞くのはとてもいいことだし、みなさんのようなクリエイティブな仕事をする人には不可欠なことでしょうね。

八百屋がその日売る野菜を市場に仕入れに行くようなもんだと思います。

確かに異業種の人と話すのは勉強になりますし、面白いです。
そういう時大事なのは、とにかく知ったかぶりしないことですね。
ワインのソムリエに話を訊くなら、たとえ知っていても「知らない」という事。「ああ、それ知ってます」って言っちゃうと相手はそこでもう話すのをやめちゃう。

「このワインは何故美味しいんですか?」とか素朴に聴けば、相手は訊いてもいないことまで教えてくれます。

我が子の話、子を持つお母さんの我が子の話・・・・・確かに微笑ましくはあるんですが、退屈ではありますね。

ある映画の台詞に「子供は親にとっては可愛い我が子だが、他人から見ればただのガキだ」というのがあります。
お母さんは、我が子が可愛いあまり、自分がこんなに可愛いと思ってるんだから相手もそう思ってるはずだという思い込みがあるのかもしれないですね。

周囲が見えていない。空気が読めない・・・・女は自分にしか興味がないと言われますが、そういうことなのかなと思います。

あと見た夢の話、それと見た映画の話・・・・見た映画の話は下手に話すと相手は退屈ですね。説明になると退屈だと思います。
2016/11/10(木) 13:47:29 | URL | ひろみつ #AH9/n9xo [ 編集 ]
Re: 創造とは記憶である
ひろみつ様

そう、創作のためにとっても必要なのは、人の話を聞いてエピソードを集める事。
聞く訓練、話す訓練。

しかし、どうも説明になるんですよねえ。
状況、展開を無駄付き、かつ簡潔に伝え、結論を出す。
観た映画を語る私の口調がコレ。

全然面白くもない。事務職の職業病恐るべしです。
2016/11/11(金) 00:40:51 | URL | みほ #- [ 編集 ]
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