陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
感動ですか……
先日、我が塾のネトラジのテーマが 『感動したい』

おお、確かに。
年齢を重ねると、変なところに知恵とかついて、感動することが少なくなる……確かにね。
見えちゃいますからね……「仕掛け」ってってものが。

特に、絶対見ねえ! と怒鳴るものは、難病モノと悲恋でして、試写会の出席者をCMに出して「感動しました」「泣いちゃいました」と言わせてしまえばもうオシマイ。
何だかなあ、ここで泣かせよう、感動させようというキーポイントを計算されて乗せられているのが見え見え、スケルトンのパノラマビューなものがヤなんだよなあ。

ただでさえ、涙の泉がないというのに、こんなつまらんところで涙を使ってたまるか。

ヒューマンと愛を入れたら、話の中には間違いなく山場と感動場面は出来ます。
その作り方が安直に思えて、安っぽく感じるんですね。

かといって、感動したことないのか? 感動させようとは思わんのか? と聞かれますと。

感動ならありますね。
しかし、それは主人公と自分の状況に重なる場面、それを主人公が自分の代わりに代弁したり、立ち上がったり、そういった『琴線』に触れた場合に起こる心の化学反応。
死んだから泣く、別れたから泣く、というような、ある意味パターン、ツボとしてある『感動』はないのです。

感動させようと思うか? と聞かれたら……あまり意識していないなあ。

ただ、自分の主義主張が、話の中で、的確に表現できた時はかなりうれしい。

それをどう受け止めるかは、相手次第なんだろうな。
そう思います。

まあ、一番重視するのは、結局『面白いか否か』ですわな。
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