陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
お勉強

ホラーを書いておきながら、超鈍感体質。


危険という「ぞぞぞ」はあるけれど、幽霊も怪物も見たことないのです。

幸いなるかな、いわゆるレクター博士的『サイコさん』にも縁がない。


一つくらい、怖いものを極めないといかん。

そう考えていて気が付きました。

幽霊見たことはないけれど『呪い』は見たことがあるなと。


いえ、藁人形打っている現場じゃありません。

あれは丑三つ時です。見ようとするのなら、交通機関の心配があります。

帰りの終電は完全に無いでしょう。


いやいや、真昼間から『呪い』がみられる場所があるんですよ。

京都の縁切り神社。

安井金毘羅宮です。

悪縁を切ると評判の神社ですが、なんだか方向性が違うと呻きたくなるような祈りが大量に……絵馬がすごい、半端ない。


『息子と嫁が離婚しますように』

『Kさんが奥さんが別れて、私と結婚し、ずっと幸せになりますように』


祈りというより、呪いだわ。


昼間だというのに、マイナスエネルギーが素晴らしい。


「これだわ!」


思わず叫びました。


目には見えない、しかし禍々しいエネルギー。

血しぶきは直接的で分かりやすいですが、呪詛は知らぬうちに絡めとられている、間接的で見えない怖さがあります。

しかも、下手したら物的証拠が一切存在しない。

うっわーやだなあ。陰険の中の陰険、陰湿の帝王。


ですけど呪いって、生活というか、私たちそのものに密着しているんですよね。


そもそも、イザナギとイザナミの『呪い合戦』によって、人の誕生1500人と死の数1000人が決められたんですからねぇ。

菅原道真公、北野天満宮の学問の神様だって、怨霊を祀ったところだし。

歴史に呪いは付き物。


それを考えていくと、興味が今更湧いてきた。

呪いについて真面目に読んでみようか。

そんな気になったのです。


目標が見つかったわ。










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