陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
弱点か個性なのか

投稿するぞ!という前に考えなくてはと思う事。


これは私の作品の癖というのか、特徴というのか

「章立てによっては話の明暗が分かれ過ぎる」

前回ストップが入ったライトノベルズテイストの作品が正にそれで、人喰い主人公が出てくる章と、高校生軍人たちの章と、テンションが違い過ぎて混乱する、と指摘された事有り。

 

いや、それを狙ったんだけど……狙い通りだよその感想はと言ってみましたが、要は狙いがど真ん中だろうが逸れていようが、作品として良いか悪いかですわ。

 

そして、ついに書き直しとなって、純正ホラーまっしぐらになるか? と思われたこの課題。

 

ところがどっこい、午前3時の酒漬けの中で行われた合評により、スリーサイズ100ヒロインが出場となった結果……

 

「この課題作品がホラーだということを、先生はおろか塾生の皆さんまで忘却の彼方」

である始末。

怖がらせたいのか? 笑わせたいのか?

と、目的地がずれつつあります。

 

さて、ここで悩んでいるのが、私の話の運びの癖というか、特徴の『章立てによって明暗が分かれる』

 

恐怖という因子の一つに『閉塞感』がありまして、私にとって面白いと思った作品は、これが必ず使われています。当たり前か。

 

もしくは『闇』かな。小泉八雲の怪談には、これがあります。

和室に点けた行燈の灯が、部屋の片隅に作っている闇の部分、教会の片隅にできた暗がり。

まるで、人間が置いていった闇がそこに溜まっている感じ。

 

この感覚の表現を出来ないと、恐怖を描くことは難しい気がする。

いや、いっそ章立ての明暗を自分の個性だと開き直るべきか。

 

書いていくうちに分かるのかなあ。

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