陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
塾のそっち側

ついに引導を渡された我が課題。

「ホラーでも無いよな」


公民館に避難している自治会長サラリーマン一家。

そこで自治会長は、恐ろしいものと遭遇する! それは彼にとって、呪われた過去を揺さぶる獣。

獰猛な戦闘能力を有する、茶色と黒の混じる毛皮を持つ生き物。

父のプライドをかなぐり捨て、家族の前で彼は、会議室の端から端へ転がり逃げるのであった。


「もう、怖いモノ書こうって気はないやろ?」

「ここまでくれば、もうおしまいですよ」

口に浮かぶ笑いはニヒルな私。

「投げられた生首でガラスが叩き割れてますが、空気感にキャラ、それ自体がもうホラーではないです。と、いうかこのキャラを生かすにはもう陰鬱は無理」

「まあ、とりあえずこれ書き終わったら、怪談にチャレンジせい」

おや、お許しが出ましたか。

まあ、過去に書くなと言われたのは、ラノベSFホラーのみですけどね。


……と、いうことで怪談を書くには怪談の基礎をって訳で『文豪たちが書いた怖い名作短編集』を読んでおります。

それにしても、我が子を背負って歩く夢、夏目漱石の夢十夜の第三夜は、必ず出てくるなあ。

何度読んでも厭な怖さだな。

夜の闇を描いた絵の中に迷い込んだような、冷え冷えとした空気。

読んでいる私も、厭なものを背負わされている重みが伝わります。


この話の感覚的な怖さ。

これは絶対映像化は無理ね。

ただ、背負っていた我が子が、青坊主になっていたというだけの映像になりそうだな。











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コメント
コメント
ホラーも怪談も最後は想像力
ごきげんようです。

確かにホラー小説と怪談小説は以て非なる物だと思います。

ホラーは頭に「ホラー」と断ってるくらいだから恐怖に主眼を置いた小説。怖くてナンボの小説だと思います。

怪談小説は、これも読んで字の如しで「怪を談ずる」小説で、怪=恐怖ではなく、怪>恐怖、恐怖は怪の1部だと思います。

ただ共通点もあって、特にホラーの場合、生首やゾンビ、レザーフェイスをこれでもかと描いた所で、そんなものは怖くもなんともないわけで、ハナ垂らしたガキが「うんち~~、おしっこ~!」と喚くのと大差ないと思います。

怪談小説は読者の想像力が最終的に完成させるように思います。
幽霊が怖いのではなく、出るまでの過程が怖いか否かが肝心なんでしょうね。

ホラーも怪談も「何を語るか」ではなく「どう語るか」なのでは?と思います。

健闘を祈ります
2017/05/08(月) 19:34:05 | URL | ひろみつ #AH9/n9xo [ 編集 ]
Re: ホラーも怪談も最後は想像力
ひろみつ様

考えているのは正にそこでして『どう語るか?』
どんな怖い状況でも、語り方によって全然怖くないとか、その逆もあることを教えて頂きました。
怖いって、想像力をどう喚起させるかなんですよねえ。
描写と空気感をきっちりと、どう合わせるか。

私にとって夢十夜の怖さって「結局、何があったんだ?」と思わせる、不安をかきたてる怖さです。
幽霊が出るまでの過程が怖い、というのは正にその不安というモノなのか。

今回の課題小説には、それが無いな~と反省中です。
2017/05/08(月) 23:36:52 | URL | みほ #- [ 編集 ]
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