陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
好きって何でしょうね

さて、今回のネトラジのテーマは『好き』


少なくとも、この塾には『好きなことはない』という塾生はいない……ですね。

文章に映像、書く側読む側、どちらにしても『好き』な人が集う場所。


好きなこと、趣味があるのは、かなり幸せだと思うんですよ。

これのある無しで、人生の明度の4割はアップ。話をしていて面白みの5割はアップ。

実を言えば、私的に話が一番ツマラン人間は、カレシや家族の話題と愚痴しかない人です。


さて、その『好き』ですが、大人となると、多かれ少なかれ不純なものが出てくる。

子供の頃は、あれだけ純粋に『好き』という気持ちだけで追っていたものに、金銭欲だの生活だのってものが混じってくるんですね。

あと、人の目。


それって成長というのか、それとも不純というのか。

ちょいと考えてみたかったのです。


さて、それはとにかく、放送事故が起こりませんように。



スポンサーサイト
コメント
コメント
要は好き
ごきげんようです。

楽しみなテーマですね。「好き」ですか。

何かを誰かを好きな時って理由は本当はないんです。要は好きなんです。
嫌いな理由はいくらでも並べられますが好きな理由って・・・・ないんです。突き詰めれば「要は好き」なんです。でも、それが一旦嫌いになると好きだった部分が全部嫌いになるというだけのことだと思います

趣味は、まああれば越したことはないけどなきゃないでいいんじゃないのと思ってます。
というか、何となく好きで続けていたことが結果的に趣味になってるんであって、わざわざ「俺もなにか趣味を」と探すものではないと思います。

ツマラン人間は、カレシや家族の話題と愚痴しかない人です>いますね、そういう人。他人に興味がないんでしょね。時々、自分のことを愛称で呼ぶ女の子がいますが、それと似てます。

趣味はどういうわけか仕事より真剣になるし集中します。目的がないからだと思います。ここで終わりってのがないからでしょうね。

人間はやらなきゃいけないことよりも何故か気晴らしにすることの方に凄く集中する傾向がありますね。

2017/05/26(金) 11:50:36 | URL | ひろみつ #AH9/n9xo [ 編集 ]
Re: 要は好き
ひろみつ様

嫌いなモノには理由はあるけれど、好きなモノには理由はない。これが大きな違いだなと思います。
この言語化できない部分に『好き』の真髄が隠れている……そう思ってしまうのです。

しかし、その『好き』も仕事にしたりすれば、変質する。その変質の意味は? そして変質したその先は? という事をネトラジでやってみたかったのですが……次の司会でチャレンジだ。

ですが、たまに思うのは『好きなこと』はあるに越したことはないが、あればものすごくラッキーである、という事。
子供の頃は無心で楽しめるものは多々ありましたが、大人になってからは徐々に淘汰されていくものです。
下手すれば、残っていないこともある。

それが残されていた、または見つけたというのは、人生の拾い物であるなと思っている次第です。

きついこともあるけど、楽しい。
仕事で死にたくはないけれど、好きなことで死んだら、まあ諦めはつくか……と思うこの頃です。

2017/05/28(日) 23:57:48 | URL | みほ #- [ 編集 ]
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
http://miho1130929.blog.fc2.com/tb.php/431-e16ebff0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック