陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
たまには先輩風を吹かしてみる

えー作劇塾には、合評という恐ろし素晴らしのシステムがありまして。

提出した作品に、喧々囂々、時に賞賛とけなしの嵐が吹きまくる時間です。

しかし、作品提出というのは、己の創造物を第三者の批評のまな板に乗せることを目的としているわけですから、それは当たり前。


意見の中には、納得いくものも、無いものもあるでしょう。その時は、納得いくまで食いついてやればよろしい。素面じゃ言えないなら、後で必ず開催される飲み会で、ぶうぶう言えばよろしい。

どーして私のラノベSFホラーが駄目なんですかああと、毎回毎回ぶうぶう言った結果、兄弟子が『見本を見せてやろう』とばかりに、書き直して下さったこともある。


でも、これは『とりあえず、課題は提出している』からであると思うんです。


とりあえず、何が何でも課題は間に合わせろ、出せ。そう思っています。


そりゃあ、時間とか体力とか、気分とか、そんな日もあるさ。

こんなもん出して良いのか? という品質の問題もあるさ。私ゃしょっちゅうよ。

しかし、時には『品質より納期』そういう事もありましてね。

納期さえ守って出せば、とりあえずゼロではないです。その作品をどうこうして形にする作業が出来ます。でも、無ければ何も出来ん。


それにね、何があろうと踏み越えて出せば『自信』につながります。

人の生活には、大きな成功体験よりも「それでも自分は何とかできた」という、小さな成功の積み重ねだと思うんですよ。

日常的『何とかなった』自信は、地道ですが、着実なものです。

人生で必ず、役には立つ。


課題に行き詰まり、アドバイス通りには出来ず、「だめだああああ、書けない」と床を転がる時は毎度の事ですが、でも3行は必ず書ける。

3行でも良いです、書いて出そうか。

正直申しあげますと、塾で私が一番小説下手なんじゃねえの? 薄々気が付いているのですが、これだけは事実かも知れん。


『課題の提出を守るのはね、プロになるためだけじゃないの。人生全般に必要な「自信」を体に叩き込むためよ』


えー、かくいう私は、課題に詰まることはたまにどころではなく、しょっちゅうですよ。

山に登っているのは逃避です。

酒を飲むのも「やっべぇ、課題を出せるかな」という不安を紛らわせているのです。

でも、転がっている内に何とか思いつきます。

一番怖いのは『落とす癖』をつけることです。

まだ本職でもないのに、その癖つけるのはまだ早いよ。


「落とす」そう思うのは早計です。

大丈夫、まだまだ時間あるから。





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コメント
コメント
まさにそのとおりです
とにかく書き上げることが大事。
そのことを忘れて慌てふためいていました。
大事なことを思い出させてくださり、ありがとうございます!

なんとかなりそうです。
2017/07/27(木) 23:29:56 | URL | 牡蠣の国の蟹娘 #- [ 編集 ]
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