陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
駄文更新
子供の頃観てしまい、トラウマを植えつけられたくせに、話の内容をハッキリ憶えていない。

でもストーリーそれ自体は有名なので知っている映画、それがオーメン。

30年ぶりに観てみました。思えば初めて観たのは小学生の頃の土曜ロードショウ。よく考えたら、初めて真面目に通しで観るぞ、オーメンⅠとⅡ、Ⅲ。

まずⅠで、グレゴリーパパの苦悩に涙ぐむ。
我が子が悪魔の子だと神父に忠告されても、ギリギリのところまで信じないのです。奥さんが殺されて、そして実は我が子も生まれてすぐに殺されていたと知り、一緒にダミアンの調査していた記者が殺されても、クライマックス、教会で悪魔の子を殺そうとするのですが、「パパ、やめて」と怯えるダミアンに、最後の最後までためらっている。
ダミアンを息子にして、愛する妻と一緒に子育てしている最初のシーンを思い出すと、泣きましたね。

Ⅱで、ダミアンに号泣。
ダミアンは叔父夫婦に引き取られています。
そこの従兄、マークととっても仲良し、幸せそうなのです。叔父夫婦にも可愛がられ育った事が透けて見えます。
それなのに、ああそれなのに、入学した先の士官学校の教官と、叔父の部下が悪魔の手先……ダミアンの周囲に殺しの暗雲が広がる!
ダミアンに、自分自身の正体を教えるお節介な教官悪魔。自分の後頭部に「666」のマークを見つけて、ショックを受けるダミアン。「何故、僕なんだ!」湖で泣き叫ぶシーンが悲しい。

それにですね、今回も次々と人が死ぬけど、ダミアンは直接には関係なし。殺しまくっているのは悪魔の手先だし。

そもそも、ダミアンは自分が悪魔の子だという自覚はないのです。グレゴリーパパに殺されかけた事が、心の傷になっている事もうかがえるシーンがあります。
だとすれば、教会での「パパ、やめて」Ⅰのあのセリフ、すげえ悲しいじゃないですか。

そして、自分が悪魔の子だと従兄のマークに知られてしまうダミアン。
「(マークに)一緒に来てくれ」
マークとは兄弟みたいな、それ以上の存在です。
悪魔であろうと、根っこはまだ13の子供で、マークが大好き。
自分の能力を自覚していても、それでもマークを乞うダミアン。
「僕を跪かせようとするな」

なのにマークは「反キリストとは兄弟になれない」と、悪魔であるダミアンを拒否。

力を使い、マークを殺すダミアン。ダミアンが初めて自分の意志で殺した相手は、愛していた従兄。
マークの亡骸を前に、泣き叫ぶダミアンへ、こっちも「マークの阿呆!」と号泣です。

いーじゃないかいーじゃないか、二人で生きていけば! マークの馬鹿! それだけ愛されるのって、滅多に無いぞ!可愛い弟分のために、信仰くらい捨てろ!

……て、文句付けても、それがまあ、オーメンⅡですけどね。

そして、アイスホッケーの最中に叔父の部下が割れた氷に落ちて、氷の下に流されていくシーン、ああ、そうよ、これよこれだわ私のトラウマ。本当に撮影で流されていたらしいです。水中カメラマンが被害者の視点から撮影。
トラウマが二乗になりました。有難うございます、ドナー監督の作品解説。

Ⅲ、全てにおいて、違う意味で泣く。

悪魔の子、ダミアンを亡きものにせんと、迫りくる刺客7人衆。
しかし、悪魔ダミアン暗殺に失敗というよりも、自滅しまくる修道僧たち!

いつの間にやらイギリスで「悪魔崇拝団体」を結成、その頭となっているダミアン!

救世主の生まれ変わりの可能性のある赤子を、手下を使って殺していくダミアン!

愛人の息子との「一心同体」を狙うダミアン。意味は深く考えないでおこう。

結局、神様が勝つんですけど……あのぉ、それまでに自殺者1名、赤ん坊たちは殺されちゃっているし、7人の修行僧全滅だし、この勝利は素直に喜んでいいのでせうか……。

ⅠとⅡで流した涙を乾かしながら、悩む映画鑑賞の夜中でした。





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