陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
久しぶりな塾のそっち側

インプットの授業です。


久しぶりですねえ、皆さん……夏バテ続出の世間ですが、いかがお過ごしでしょうか……とあいさつをする前に、一気に話はどんちゃと突入。


アメリカと北朝鮮の動向から始まって、SNSとの関わり方や、物語の作り方から定番とお約束、そして怪談と夏、そしてカナザワ映画祭の話とヒートアップ。

そのシュールな話の変化と、中身の濃さは再現できないのが残念です。

と、いうか授業はライブの熱気と、会話のラリーのライブ感がスペクタクルとナンセンスとスピーディさを感じさせるものでして、文章化しても、その場にいる体験はそうそう表せそうにない……まあ、そういう事です。


ですけど、作劇塾でつくづく思うのは『会話内容』が違うな。

さすがはクリエイター志望と、面白い物愛好者集団。


全てが『人をどう面白がらせるか』をベースに語ります。


例えば『私の休日』を語るとしよう。


世間一般でありがちな「私の休日報告」と「私の休日物語」の違いでね。

まあ、つまり『先週土曜日にどこそこへ行って、何ちゃんと会った。楽しかった、ハイ、その時の写真見てちょうだい』

まあ、はっきり言おう。

私の知らない何ちゃんと、キミが何食べて遊んだなんて報告、どうでも良い。

何ちゃんと私? 誰だよこの人。

昼に何を食べたとか、何を買い物したとか、正直全然興味ないです。

興味はない報告は、面白くない。

それとも何かな? 他人は皆、キミの事に興味津々とでも思っているのかい?


しかし、流石に面白い人間とは、話の語りが違う。

観たモノの内容やその周辺の描写で、聴者の想像力を刺激し、その体験時の己の驚愕や、呆れなどを生き生きと描写、そして結末を笑いと共感に持って行く。


物語と報告、どう違うかって人を楽しませるか否かが違う! この違いはでかい。


そういうわけでした。











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