陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
よく考えたら先輩だった

塾に到着。

おや、見渡してみれば……と気がついた。


今、この塾にやってきている皆さん、SF担当兄弟子以外、私の後に入って来た方々ではないですか。

ここで改めて考える……ありゃ、いつのまにやら私、先輩という人種だわ。

うわわわわ、先輩ですか。


先輩、という人種は相手よりも年次、もしくは在籍年次は上というだけで頂ける立場です。

えらい、えらくないはとにかく、年を取れば自動的に立場は上がる。

自動的に座れる立場ですので、ふんぞり返るのは違う。ですが、自動的に持つ役目がある。


さて、ここからが私信に近くなります。

あくまで私の目線です。もしも『違うな……』と思えるのなら、反論、付け足し求む。


私にも過去、仕事だのなんだので、先輩という存在はおりました

その中で見習うべき人と『どーでもいい』人は分かれていましたね。

見習うべき先輩の共通項は多々ありましたが『どーでもいい』先輩タイプは共通でした。

これですね「何も成していないけど、説教はする」

コレにも、二通りありです。


いえね、先輩の能力差にもいろいろあります。

正直、そんなすごい能力があるわけでもない、まだキャリアのない先輩だっていました。

でも、良い先輩とは能力よりも、後輩に対する「恥じらい」でしたね。

同じ説教でも、先輩として自分の失敗や反省点を教えてくれる先輩と、後輩を単なる威張る対象としか見ていない人。これはヒューマンスキルが段違い。


と、いう経験のある私が、今後に先輩としてどうふるまうかと言えば。

「説教はしない」


飲み会で一応言い切りましたが、私なりの姿勢は見せますよ。

後、それをどう見るかはキミたちの自由です。

幸いなるかな、現在の後輩の皆さん、性格的にも大人ぞろいなので、自分が見ているものをちゃんと咀嚼して、栄養にする能力はちゃんとアリ。


後、私の好きな言葉にmemento mori、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」「死を記憶せよ」という言葉がありまして。

いつかは死ぬ。だから今を楽しめ、という意味もありますが、ヤな事があった時「死の時が近づいているのに、欝やっているヒマないわ」と、我に返る言葉でもあります。

先輩から後輩へ、この言葉を贈ります。


後、授業でレモンは調味料として万能であるという学説を力説した結果、何故かこの話題で授業を2時間引っ張った、私の過去の過ちは忘れるように。

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なぜ「先輩」話になったかというと、おそらく


美しく妖艶な「先輩」になれ!と言いたかったんでしょう。

2017/10/15(日) 09:37:28 | URL | 西 #- [ 編集 ]
Re: タイトルなし
我が塾にはダンディな塾生も必要です。
頼むよ、大人の男、西さん。
2017/10/17(火) 23:12:23 | URL | みほ #- [ 編集 ]
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