陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
続・塾の裏側
さて、書きなおし。どう話を進めれば良いのやら。

つらつら考える私の頭の中に、Sさんの言葉が天啓になりました。

『感染したヤンキーが人を喰う場面、冒頭にあったほうが面白くないですか?』

私の話の作り方は、パッチワークに似ています。浮かんだ台詞に場面をつなぎ合わせて、補正したり編集していく感じ。
Sさんの言葉は見事なピースとなって頭に再現。これを材料にして、ほかの部分をつなげば……?

うわ、話がつながるつながる、まわるまわる。

自分の脳内に拍手したくなる瞬間です。人知れず、思い切り自己陶酔に浸って心の中で高笑い。歓喜と祝福で彩られる妄想力、こんな麻薬があるから「小説書き」はやめられない。

大幅改稿の上で再再提出。そして評価。

「前より良くなった」

まだ話は冒頭部分で、ちゃんと最後に着地できるかどうかは分かりませんが、これは嬉しい。

「ところで先生、あまり作品を褒めたりして下さいませんよね?」

かなり無粋な質問にかかわらず、先生はあっさりと仰いました。

「褒めてどないすんねん。専門学校の先生なら、生徒はお客様だから褒めるけどな」

そうでした。こっちは師弟関係ですね。お師匠様は弟子を鍛えることはあっても、そんなに褒めませんね。
ですので「褒められたがり」としては、合評時には、このような脳内変換する事にしました。

「欠点を指摘されていない場所は、「OK」と褒めてもらっている事にするか」

現実はとにかく、思い込みも武装の一種ですよ。
この場合、同じ塾生の○○さんや◎◎さんは、かなり褒められていたなど、つらつら思いだしてはいけません。
人とは、所詮己を通してしか世界をとらえることが出来ない。つまりは己が「無」と思ったものは世界には「無」なのです。

と、乱暴にカタをつけた、木曜日の夜の帰り道でした。

話は変わり、先生は過去の塾生さん達を、かなり心配しておいでです。
来なくなった方々には、環境の変化など、色々な事情があったかもしれません。

来なくなった塾生さん達は今でも、ちゃんと創作は続けているのか、夢を語っているのかと、たまに心配事で口に出されます。
……ふん。私の周囲はすべて放任と個人主義で、亭主にも文鳥にも友人にも職場でも心配してもらったこと、ありませんよ!

別に良いんですよ。先生に心配して頂ける方々が羨ましくなんてありません。私が何しようが知ったこっちゃないとしている無関心な人々のおかげで、今回もブログ更新がばれていないんだから。
お断りしておくけど、本当に羨ましくないんですからね!特に▲さん!



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