陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
綾波と富岡の間には

成瀬巳喜男『浮雲』を観る。

日本映画大好き、塾のビール担当が褒めちぎっていた名作映画。


確かはるか昔、清純な乙女だった頃に観たのですが、当時は男女仲の機知や泥沼のような情も知らない、潔癖で夢見るお年頃。

8割くらい内容も忘れておりましたが、何と言っても女の友情おススメですし、聞いていても面白そうと思ったので。

アンコウの肝と豆腐の鍋、梅酒飲みつつ観ることになりました。

ちなみにアンコウの肝は中国産で、1パック激安200円以下。豆腐は3パック68円です。


まあ、いわゆる不倫ですわ。

戦時中、ベトナムで富岡という農林省の技師と知り合ったタイピストのユキコは、最初は彼に良い印象は無かったんですが、徐々に惹かれ、そして愛人に。

妻と別れてキミと一緒になるという言葉を信じて、終戦後に彼を訪ねて見れば、奥さんとは別れてないし、仕事もうまくいっていないダメ男状態。

それでも、帰る場所の無いユキコは、富岡とずるずる関係を続けるというわけです。


情けない男、富岡を演じているのは森雅之です。

しかし、この富岡はモテるんですわ。

妻がありながらユキコ、ユキコがありながら、若い人妻に近所のお嬢さん。

よく「あなたは自分の事しか考えていない」とユキコになじられるのですが、ちょっと違うよと、梅酒を飲みつつ思う。

空っぽなんだよ、この富岡という男。

気概もない、気迫もない、主義主張もないし、ただ流されるだけ。そこには同情心も共感性も無い。

女に泣かれてもなじられても、怒りもしないし泣きもしない。

男としての感情や人間性が欠落していますな。


エヴァンゲリオンの綾波レイを思い出したよ。

綾波も空っぽなんですわ。

欠落感を具現化した無表情な美少女、そう言えば『私、なにもないもの』というセリフがあったっけな。

そう言えば、皆があこがれるアイドルも虚像でして、あれも一種の「空っぽな存在」ですよね。

人の思い入れや憧れや幻想を詰め込み、投影する『虚像』

だから人は虚像に憧れ、虚像を求める。

成程、森雅之と綾波レイはアイドルみたいなものか。

まさか富岡ならぬ、森雅之のモテっぷりに、綾波レイを想像するとは思わんかった。


一方、ユキコも欠落感の塊だなと、豆腐食べつつ考える。

行くあてもない。生活力はあるけれど、足もとが頼りないんだわ。

孤独と欠落感を抱えるゆえに、投影しやすい空っぽ男に執着する。成程。


でも、一番感心したのは、富岡とユキコが一緒に歩く距離感ね。

お互い、腕同士は触れているけど、手はポケットに突っ込んで決して手をつなごうとはしない。

終始、二人はその距離感ですが、アレは喧嘩しているとか、親しいけれど溝がある男女の歩き方です。


……欠落感を抱えるがゆえに、空っぽ男に執着するユキコ役、高峰秀子を観ながらずっと考えていました。

欠落感を抱えた、金持ちで性格良好の正統派美男子。それなら勝ち目はありそうだ。

どこかにいないものかな。


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