陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
大人の条件
先日、知り合いのご母堂が亡くなったらしい。確かもう80越えのはずで、もう、痴呆状態で最後は病院で亡くなったと共通の知り合いから聞いた。
私が知っているのは、同級生であるその娘。でも再婚しているので、血が半分つながった姉妹がいるらしい。
最後、その母親の世話をめぐり、血が半分つながった姉妹の中で、介護問題でもめたとか何とか。

「もめたも何も、確かPさんは元々親の介護要員として育てられたようなもんじゃないの」

Pさんは両親が年をいってから出来た娘で、確かそんなこと常々言っていたのだ。
「私が親の面倒を見なくてはならない、そう育てられた」と。

実を言えば、そのPさんとは数年前に仲たがいして絶交状態、薄情者だと罵られた事をいまだに根に持っている私は、つい辛辣になりまして。

「なんですなあ、話を聞いてりゃ、その母親の面倒は血が半分の義理姉にに押しつけたってか? 酷くないか? その姉を置いて、結婚して出来た最後の娘がPだろう。そりゃ、遺産は無いにしても、親の会社が倒産するまでは、Pはいい生活していたじゃないの」
「そうなんだけどねえ、Pの旦那とPの両親が不仲らしかったとか」

共通の友人は述べた。

「数年前にPの実家の会社が傾いた際に、金銭トラブルが勃発して、旦那も巻き込まれたんだと。そこで親をとるか、自分をとるかと迫ったんだって。まあ、その親と旦那さんは以前から色々あったらしくてさ。旦那さん、結婚前に家庭環境の事で、Pの両親に酷い事言われて、それをずっと忘れていなかったらしいね」

彼は母子家庭だった。当時会社経営していたPの両親からすれば、見下しの対象だったらしい。

「あー、そりゃ忘れんでいいわ。いや、根に持っとけ」

世の中には、許さなくても良い事もあるのです。

「まあ、しかしPにとっては実の親でしょ。表向きは絶縁しても、隠れて世話しに行ったり、自分が借金してでも、お金貸したりしていたようだけどね」

しかし、結局は親の介護をめぐってトラブルとなったらしい。
義理の姉からの電話も、無視するほどの。

「ふむ、私が面倒みます! 助けは要らない! いいえ、この私が!・・・・・・って争いではないのね」
「それは美談でしょうが。トラブルじゃないでしょ」
「最後まで、親の面倒は見られなかったって事か」

自分でも分かる嘲りの口調。つい、口の片端を吊り上げて笑う。

「そりゃ、親も亭主もちゃんと守れなかったって事だろ」

親が当時の婚約者に、片親であることの暴言吐いた時、彼女はとことん親に怒鳴るべきだった。夫以上に怒り狂うべきで、夫の前で、親に頭を下げさせるべきだったと思う。
それをせず、裏で「うちの親は頭が固い」とか嘆いているだけだった。そりゃ、夫と両親、不仲にもなるさ。

そして、夫に親をとるか自分をとるかと迫られた時。
Pは夫にべた惚れだった。夫に完全に寄りかかっていて、まともに働いたことも無いので経済力だってない。
しかし、親と絶縁か否か、二択としてはキツイ。
それでも、精神力なり、経済力なり、その無理な二択をねじ伏せる力が無かった。結局、親を見捨てた。

親の言いなり、夫の言いなり。結局自分では中途半端で、何もできなかったわけか。

「大人って、大事な事は自分の裁量で行えるものだと思っていたよ」
「その裁量も、精神力とか経済力とか地位にによって幅があるからねえ」

幅の広さ狭さはとにかく、基本は一人でも構うもんかと生きていける力。

これさえあれば、無茶な要求は聞かなくてもいい。
簡単じゃないですか。









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