陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
小津映画とホラー
作家志望のくせに小津映画を見ていないなんてね、まーあ、なんて事でしょう。地獄に堕ちナサイ。
と、淀川長治さん風に怒られてしまったもので、今更観たのが『晩秋』

絶対とは言いませんが、観たいとは思わないジャンルでした。
だって映画って、スクリーンの中の非現実を楽しむものだし。小津映画って描いているのは『日常』だしなあ。
・・・・・・と、思いつつ観たのですが。

なんか、怖いな。この映画。

父親と娘の日常を描いているのですが、母親の影がほとんど出てこない。

死別か離婚かで違ってくるとは思うのですが、母親の、妻の存在がどこにも見当たらないのです。
話題にも出ないし、母親をしのばせる風も無い。
後半、結婚をしたくない、お父さんの傍にいたいと訴える娘に対し、父親が自分と母親との結婚生活を語る場面があるのですが・・・。結婚式、嫁に行く娘が母親を想う場面はあるかなと思ったけど、ない。

両親のどちらか片一方の存在が希薄な親子って、マザコンやファザコンがそうですが、どこか歪で、欠落感がある。

その欠落感やあやふやな部分が、小津映画の魅力なんだと教えて頂きましたが・・・・・・。

原節子演じる紀子の演技の凄さもあるのです。父と一緒に能楽を観ている娘が、父の再婚相手候補が向こうの席にいるのに気が付き、その彼女を見る目。視線の演技とは、こういうことかと感動。

そして気がつく。ホラーの定義とは、気がつけば、いつもの日常から離れて、とんでもない場所に連れていかれていたというもの。
日常ってやっぱり大事。

それを考えると、日常を描いた小津映画は、ホラーのネタを考える土台になりはしないか。

たまには違ったものを観るべきだなあ。






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コメント
コメント
僕も「晩春」見ました
ごきげんようです。

小津の「晩春」ご覧になったんですね。実は僕も初めてDVDで「晩春」を見ました。「東京物語」「秋刀魚の味」しか見てなかったので・・・・

甲斐田さんが感じられた欠落感はなるほどと思います。小津は毎回同じテーマで、同じような物語で日本の家族制度の崩壊を描いてきた人で、その頂点が「東京物語」ではないかと思います。

だいたい、いつも似た内容なんですが脚本には長い時間がかかり、共同脚本の野田高悟と旅館に籠って、短いセリフほど時間がかかったそうです。
「そうだな」にするか「そうだね」にするかで1日を費やすような人だったようです。

僕にとっての小津の映画は竜安寺の石庭・・これが第1印象です。そして日本語というより東京弁の美しさを堪能する映画ですね。彼の映画は東京の映画で、鎌倉の映画で、エリートの映画だと思います。
淀川さんは、そこのところが個人的にはあまりお好きじゃなかったようですね。

「晩春」についていうと、京都の旅館で父と娘が枕を並べて寝る場面で、床の間の壺のカットが入りますが、あの壺がいまだに論争の的になっていて結論は出ていないそうです。
2015/12/13(日) 00:20:29 | URL | ひろみつ #AH9/n9xo [ 編集 ]
Re: 僕も「晩春」見ました
ひろみつ様

コメントいつもありがとうございます。いつもながら返信遅れ気味で申し訳ありません。

壺の論争ですが・・・実は私、あの壺のイメージより、アングルの方が気になっています。
シルエットになって分かりにくいのですが、壺の耳部分の片一方が前のアングルにあります。
と、いうことはアングルは耳付き壺の正面ではなく、横なんですね。

普通には無いアングルなので、観終わった後も悩んでいました。

壺に意味があるのか、アングルに意味があるのか。
さて、どっちだろう・・・?
2015/12/17(木) 21:28:37 | URL | みほ #- [ 編集 ]
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