陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
嫉妬とワタシ
さて、嫉妬にかられ、風船爆弾で福知山市を火の海にするところだった私。

嫉妬という感情について語るなら、外せませんこの映画。
『アマデウス』ミロス・フォマン監督です。
主役はF・マーリー・エイブラハム演じるサリエリ。
モーツアルトはトム・ハルス。

観て号泣しました。

音楽が夢だった田舎の少年は、モーツアルトの噂を聞きながら想う。父親がもっと、自分の夢を分かってもらえれば。
そして神に祈ります。

「神様、私を偉大な作曲家にして下さい」
「音楽で、あなたの栄光を称えます」

そして突然の父の死去。サリエリはウィーンへ行き、数年後には宮廷作曲家に。
演奏会でモーツアルトを探すサリエリ。
神童と呼ばれる彼は、どんな男だ?

そして知ってしまう。ウォルフガング・アマデウス・モーツアルトという若い男の下品さ、餓鬼さ加減。傲慢さ。
でも天才。
作った曲は、神の声。
そして自分の曲の凡庸さ。

モーツアルトは新進の音楽家で、有名だけど貧乏。
サリエリは、ヨーゼフ二世に、富裕層の貴族たちに認められているエリート音楽家。
でも『鑑賞者』の才能があるサリエリには分かっています。
その才能ゆえに、一番モーツアルトの理解者となったサリエリは、モーツアルトに嫉妬してしまう。

サリエリは、音楽を愛していた少年です。音楽が好きで、そのために神に祈りをささげ、音楽家の夢が叶ったことで神に感謝し、貧しい音楽家の援助するなどをして徳を積んだ。

でも、神は本当に自分が望むものをくれたのではなかった。
天才モーツアルトが現れた時、それを知ってしまった。切望と憧憬、嫉妬。
しかもモーツアルト、禁欲的な自分と違って下品だし、餓鬼っぽいし、しかも笑い声が気に障る。

天才を見抜く才能があったがゆえに、そして純粋に音楽が好きだったサリエリ。
だからこそ、純粋な嫉妬が出来たし、自分を誤魔化す事も出来なかった。
泣きましたね。下手な闘病純愛モノには涙一滴出ないけど。

神様は、サリエリを作曲家ではなく、天才モーツアルトを評価して、補助する役割に選んでいたらしい。
天才を見抜くのも、違うベクトル持つ天才です。

それを考えると、最後、サリエリが死にかけているモーツアルトの『レクイエム』作曲の完成を手伝っている場面。
あれは神を憎んだサリエリの、救いの場面だと思えるのですが。
(そのレクイエム作成も、モーツアルトを追い詰めるためのサリエリの謀略ですけどね。でも天才は早死にって言うし、それも神様の仕業と思えなくもない)

モーツアルトがサリエリに言う。
嫌われていると思った。赦して欲しいと。
そのサリエリの演技、表情が凄い。

負の憧憬を持っていた天才の人間臭さ、その思いもよらなかった事を、今更知らされた愕然と茫然。

悲しすぎる。おかげで彼は30年以上、自責の念に苦しむ羽目に・・・・・・。

この映画は、歴史に忠実ではありますが、ドラマです。

実際のアントニオ・サリエリは、生前はヨーロッパ楽壇の頂点に立ったお方。教育者として優れ、ベートーヴェンやリスト、シューベルトを育て、なおかつ貧しい音楽家の援助もしていた人。
偉大な人です。音楽の歴史を陰で支えていた人。

ですが、天才と凡人を語る上では必ず上がってくる名作です。

・・・・・・仕方がないよ。相手は天才だし。
嫉妬できるのも、天才を見抜ける人間の、まあ一つの特権かな。

ちなみに、私の嫉妬相手であるT田さん、T野さんのコメントは。

「もうちょっと、上のレベルに嫉妬しましょうよ」
同情とも、憐憫ともつかないコメントをされたのでした。
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