陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
疑問

何せ、課題を落とすわけにはいきません。
合評から課題提出までの一週間は、ほとんど映画も見ないし本も読まない。世間様の動きは、仕事の合間にパソコンでチェック。
・・・・・・そういう訳で、多少世の中とずれのあることは仕方が無い。

その中で「へえ」とつぶやいた記事が一つ二つ。
今年は初っ端から飛ばしていますね。ワイドショー的なものなら、不倫が二件に覚せい剤が二件ときたもんだ。

その中で、目を引いたのがあの連続神戸連続児童殺傷事件の犯人「少年A」を記事にした、『週刊文春』の突撃取材です。

実は「絶歌」は読んでいません。「少年Aこの子を生んで」は読んだ記憶はあるのだけど、何せ15年前程前あまり記憶に残っていない。なぜ、我が子がこんな事件を起こしたのか、ただ悩み苦しむ親の手記には、私の期待していた「答え」が無かったからでしょう。

そして、「絶歌」が出るまでに、連続神戸児童殺傷事件の犯人が精神科医やカウンセラーたちによって、どんな矯正プログラムを受けているかなど、新聞や本で目にする機会があったのですが。

そして、彼が医療少年院に移され、「育てなおし」という治療プログラムを受けて、その経過が順調とされて仮退院し、社会復帰に踏み出したという事ですけど。

・・・・・・その「育てなおし」とは。
「母親役のカウンセラーと、父親役のカウンセラーが疑似家族を形成して、患者を赤ん坊の状態から育てなおす」
というものらしい。ざっくり言うと。

すみません。ここで疑問です。

「育てなおし」・・・・・・相手は、当時はすでに10代の少年ですよね? しかも人も動物も傷つけて殺した、人の持つ『禁忌感』を乗り越えてしまった人間です。生まれてすぐ、全くまっさらの赤ん坊とは違う。
まあ、その疑似家族芝居に参加できる社会性はできたという話で。

そして「絶歌」を出版した。その時点で、被害者感情を抜きにしたやり方で、社会に自分の存在をアピールしています。
私は事件を起こした時に出した犯行声明を思い出しましたけどね。

罪は償った相手に、文春はやり過ぎだという声がありました。
元犯罪者の社会復帰を妨げるではないかとか。

しかし、その声の中に、我が子を殺された事のある犯罪被害者の声は入っているのか?
刑務所に入り、年月さえ過ごせば、罪を償なったことになるのか?

私が思ったのは、その矯正プログラムによって、彼は人の立場や心を考える想像力という社会性を身に付けられたのかという点です。だって、あれだけの事件を起こし、なおかつ出所後に出版し、ネットに出てくれば、そりゃマスコミも動くでしょ。
自分から火をつけたのです。それに対し、自分の身の危険に怯えるのは間違っています。結局、いまだに考えなしの子供じゃないか。

未成年犯罪の再犯率は約半分と聞いた事があります。

半分は「また同じ過ちを犯す」と見るのか「半分は真人間に更生する」と見るか。

はっきり言う。
この元少年Aのやったことは、その半分の「更生しようとしている少年少女」と、それを手助けしている大人たちの努力に泥を塗った行為です。

文春の取材が行き過ぎだろうと何だろうと、そこだけは変わらん。

小池一夫先生の意見に全く大賛成です。

ただ、芝居だの何だのと言ってはいますが、私が育てなおしという矯正プログラムについて、よく分かっていないのも事実です。
申し訳ありません。

ちゃんと調べます。













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