陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
恐怖のツボ
漫画家の可能性も断たれ、書いたラノベは不評、もう書くのはホラーにしとけと、消去法で諭された私。

それなら、自分自身にとっての恐怖というものを考えないと。

日常が壊れる、というのが、怪談やホラーの大まかな定義で、生命を脅かされる、もしくは閉塞感、喪失と、日常を破壊する恐怖の類はいろいろありますが、やっぱり私にとって 『何気に歩いていたら、とんでもない所に来ていた感』 これが一番。

もしくは、真実を知ったとたん、今までの風景や立場や突然入れ替わる。
『ジェーンに何が起こったか』 加害者と被害者の逆転劇が、私にとって最高です。

ただ、困った事は私が『面白い』と思う恐怖は、面白いであっても『怖い』ではない。

自分自身の『恐怖のツボ』を探して理解しろと、脚本家のデヴィン・ワトソン(ホラー映画:カースト)が『ホラー映画の書き方』であったので、思い出してみますと・・・・・・

●もう8月なのに、ひな人形をずっと飾っている家
●雨が降っているのに、布団が取り込まれていない
●ファミレスで、母親同士が談笑。子供が5人で店の床に転がったり、徘徊していた

成程、私は「放置状態」が怖いのか。

放置している裏に垣間見える、めんどくさい感と、無責任感とか無力感。
そういえば『無力感は狂いのはじまり』というホラー作家平山夢明と、精神科医の春日武彦との対談集で、
「面倒くさいと思う心が、狂気を育てる」という意味の記述があったっけ。

めんどくさい、という感情によって生まれる恐怖の展開・・・・・・うーん。

ただ今迷想中。













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