陶磁器と文鳥と作劇塾
作劇塾の塾生です。塾での日々、及びアンティークや陶磁器類、そして文鳥の雑文
書く時とテンション

話を思いついた時、その中身が脳内に広がってストーリー妄想は爆走、かなりテンションは高くなりまして。

おおっこれぞ名作! なんて自己陶酔一色で書き始めるんですね。

ですけどねえ、妄想の脳内映像でちゃんと具体化して、フィルムをつなぎ合わせるようにして編集して、一本の話を作ろうとすると、妄想から抜け落ちちゃっている部分や矛盾点などが出てくるんですわ。

それをうまい事穴埋めし、補完し、つなぎ合わせないとちゃんと話にならない。

……そうしているうちに、テンションが落ちる。


そうしているうちに、小休止とか何とか理由をつけて、目先の提出の必要のある課題の方へ、逃げちゃうんだよなあ。

山に逃亡するのよねえ。


……いかんなあと、中断したままのSFラノベホラーを見ながら悩む。


ああ、この感覚、何かに似ているわねと思っていたら『冷蔵庫で賞味期限切れのオカズを発見し、t食べられない事もないけど、食べていいのか捨てるかどうか、悩んでいる気分』に酷似しているわ。


でも、これって賞味期限ないしねえ。

うーん

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久しぶりな塾のそっち側

インプットの授業です。


久しぶりですねえ、皆さん……夏バテ続出の世間ですが、いかがお過ごしでしょうか……とあいさつをする前に、一気に話はどんちゃと突入。


アメリカと北朝鮮の動向から始まって、SNSとの関わり方や、物語の作り方から定番とお約束、そして怪談と夏、そしてカナザワ映画祭の話とヒートアップ。

そのシュールな話の変化と、中身の濃さは再現できないのが残念です。

と、いうか授業はライブの熱気と、会話のラリーのライブ感がスペクタクルとナンセンスとスピーディさを感じさせるものでして、文章化しても、その場にいる体験はそうそう表せそうにない……まあ、そういう事です。


ですけど、作劇塾でつくづく思うのは『会話内容』が違うな。

さすがはクリエイター志望と、面白い物愛好者集団。


全てが『人をどう面白がらせるか』をベースに語ります。


例えば『私の休日』を語るとしよう。


世間一般でありがちな「私の休日報告」と「私の休日物語」の違いでね。

まあ、つまり『先週土曜日にどこそこへ行って、何ちゃんと会った。楽しかった、ハイ、その時の写真見てちょうだい』

まあ、はっきり言おう。

私の知らない何ちゃんと、キミが何食べて遊んだなんて報告、どうでも良い。

何ちゃんと私? 誰だよこの人。

昼に何を食べたとか、何を買い物したとか、正直全然興味ないです。

興味はない報告は、面白くない。

それとも何かな? 他人は皆、キミの事に興味津々とでも思っているのかい?


しかし、流石に面白い人間とは、話の語りが違う。

観たモノの内容やその周辺の描写で、聴者の想像力を刺激し、その体験時の己の驚愕や、呆れなどを生き生きと描写、そして結末を笑いと共感に持って行く。


物語と報告、どう違うかって人を楽しませるか否かが違う! この違いはでかい。


そういうわけでした。











山へ逃亡

ここしばらく、山へ登っておりませんで。

そのせいで、山と渓谷読者モデルへぶーたれるほどに心を荒ませ、禁断症状を起こしたことを自覚した私は山へ登ることにしました……六甲山です。


やっぱり、山って楽しいですなあ。

川の流れを遡行し、流れの中をざぶさぶ歩いて滝に取りつき、水しぶきを浴びながら岩登り。

これぞ大人の水遊びですよ。

ふふふ、私の登山靴はゴアテックスの完全防水で、ズボンのメーカーはマムート。スイスのロッククライミング用ウェアのメーカーだから、丈夫さは折り紙付き。


ずぶぬれになりながら、楽しんでおりました。

山に登っていると、おやつ持って『脳内冒険』へ出た幼き日の事を思い出します。

それにしても、やっぱり喉が渇きますね。

9時から12時までの午前中で、水を2リットルかぶがぶと消費しましたわ。

それにしても、沢の水って美味そうに見えますな。

陽光を跳ね返し、川底を清らかに見せる清流を見ていると、飲みたくなった私。


いやまて『大腸菌うようよ』のリアル六甲の水の思い出を忘れたか。

今回、水はあるぞ。合計3・5リットルも持参してきたじゃんかよ。別に切羽詰まってなし、川の水飲むって、それはいわゆる拾い食いの一種に近いぞ……そう思ったんですけど。

 

いやー、手ですくった水って、やっぱ美味いね。

飲みました。まあ、前回もお腹壊さなかったし。


立ち上がった私。気が付くと、横の場所に、幼稚園くらいの男の子がこっちを見ている。

日曜日に、家族でレジャーか。楽しいだろうな。じゃあね、ボク。

立ち上がり、男の子に愛想を振りまき、川の向こう岸に渡り終えた私の耳に、突き刺さるは女性の悲鳴。

「こら!●●! だめよ、川の水飲んじゃ! お腹いたくなるわよ!」

ダッシュで逃げる。


少年よ、キミの胃腸ではまだ生水は無理だ。

大人の真似をするなら、大人になってからにしなさい。


ちなみに、私の腹はやっぱり大丈夫です。







駄文更新

先週お休みの授業、久しぶりの朝まで飲み会!

濃い、濃すぎるわ! 焼肉のたれに浸したカレーの素を食べて、カルピスの原液を飲んだような内容!

……さて、明日は山に登るか……


早起き出来たら登ります。出来なかったら映画へ行こう。


すみません、もう激ネムです。

書きながら一度気を失いました。これ以上は無理です。

また明日……



お約束をどう使う?

定番というものは大人気。たとえ最新流行を身にまとったとしても、一部では取り入れるべきもの。

安心感、長い間愛されてきたもの、ゆるぎないものとか、不動の地位とか、そんな感じですねえ。

しかし、それで全身を固めて着こなしてしまうのは、上級者。

下手すりゃ「野暮」となります。安心感というものに寄り掛かってはいけません。冒険しないと、上級者の道は険しい!


……と、これはファッションのお話。


えー、作品ですね。


よく出来たものは「お約束」という話の定番を、うまく使いこなしていることに気が付く。

斬新だけど、よく読めば定番、もしくは黄金パターンですわ。

もしくは黄金パターンの中に「斬新」が潜んでいる。


そして『型』

いくつもの形がありますね、例えば探偵小説の主人公タイプ。推理能力に特化したあまり、社会的不適応者で家事無能とか、自信家のひねくれものとか。

私立探偵は、極端に禁欲的か女好きか、いやあああな過去があるか。


まあ、気弱で極端な神経質で、腕っぷしも弱い探偵は海外ドラマの「名探偵モンク」くらいしか思いつきません……あ、彼は不適応者型か。


作品を作る上で、その『お約束』『型』を使いこなす必要がある!

……と、つらつら考えている今日この頃。


ああああ、虚無的性格のイケメン人喰い男子高生と、客観性皆無のスリーサイズオール100ヒロインと、クソ真面目で文句たれの自治会長サラリーマンなんて、どこに型を探せばいいんだあああ!


悩んでます。